munyuchan

むにゅ’sのぉと

10年以上続けたヤフーブログから引越してきました。 路上観察、近代建築などがメインのブログです。 ライブドアではまだまだ戸惑うことが多いですが、よろしくお願いします。

2007年12月

31 12月

温泉湯の暖簾

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善通寺の温泉湯の暖簾。
この銭湯自体がものすごく古く、恐らく昭和初期の建物だろう。
この銭湯は路地の奥に建っており、路地の入り口と
銭湯の入り口の2ヶ所に暖簾がかかっている。
夕方、暖簾の写真を撮りに行ったところ、
すでに入浴客が数人開店前から並んでいらっしゃったので
あえて、玄関先の暖簾は撮影しなかったが、
岡山の柳湯の暖簾と同じ物だった。
路地の入り口にかかっていた暖簾も、
鳥越の帝国湯の暖簾の大判サイズだったが、
建物があまりにも美しいので同じ柄だが、
アップすることにした。


岡山の柳湯の暖簾
 ↓
http://blogs.yahoo.co.jp/munyuchan2002/42629587.html



鳥越の帝国湯の暖簾
 ↓
http://blogs.yahoo.co.jp/munyuchan2002/41201914.html












30 12月

犬様 in 丹波篠山 その1

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この犬様は本当にかわいかった。
あるお宅の奥の方から、人間の姿を見るやいなや
立ち上がってシッポを振っているのが見えた。
偶然にも、そのお宅の横手を歩くと一緒になって塀の裏側を
走る犬様の姿が見えたので、しゃがんで見ると
隙間から顔を出して、「遊んで欲しい~~」とせがむ。
家に誰もいなくてさみしいのだろうか?
人間を疑わない目でジ~ッと見つめる・・・
こちらが移動するたびに、塀越しに一緒になって
移動するのが気配でよくわかる。
性格もお顔も、ものすごく良いコだった。
きっと、人間が大好きなのだろうなぁ・・・









29 12月

第23回活動報告 神戸異人館 その2

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1枚目の写真の部屋が、この館に入ってすぐ左手にある小部屋だ。

その奥に写真2枚目の食堂がある。

照明もかなり古い照明器具を使っているので、ものすごく暗い。

だが、建物を見学するにあたりフラッシュを使わないというのが

「マナー」でもあるので、ブレブレながらも撮影続行。

3枚目は食堂に置いてあった家具のデザインの一部をアップで撮った。

4枚目の写真は書斎だった部屋だそうなのだが、

トーマス氏の娘さんがのちに、実際にこの館で使っていた

机と椅子のセットを贈ってくださったそうだ。(写真5枚目)

暗くてよく見えないかもしれないが、龍が2匹いて「玉(ぎょく)」を

互いの口で支えているようなデザインになっている。

こちらは中華風とでもいうのだろうか?

仕切りになっている板(写真6枚目、7枚目)にも絵が描かれており、

よく見るとロートレック風のような絵も描いてある。

実際にこの館に住んでいらっしゃった、トーマス氏の娘さんも

つい最近まではご健在だった。

11年前の時点で、94歳でフランクフルトに住んでいらっしゃった。

実際にこのような洋館で生活していらっしゃった方が、

つい最近までご存命だったというのも感慨深い。

写真がまた増えてしまったので、続きは次回の更新時に・・・
28 12月

謎の兵隊さん・・・

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善通寺のとあるお宅の玄関先というか、
ガレージに置いてあった物だ。
どう見ても、旧日本陸軍兵士にしか見えない。
一体、何の人形だろうか?
交通安全の「飛び出しぼうや」とも思えない。
だが、善通寺といえば、陸軍第11師団があった場所で
現在でも陸上自衛隊の駐屯地がある。
何かそれと関係があるのだろうか?
戦前に「兵隊パン」と呼ばれた「カタパン」という
恐ろしく固いパンが善通寺のすぐ前にある老舗で今でも
販売されているのだが、そこに置かれていた人形か?と、
思ったのだが、それもどうも、違うらしい。
謎の兵隊さんだ・・・










28 12月

琴平参宮電鉄・善通寺赤門前駅

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大正11年(1922年)に丸亀通町駅から
この善通寺赤門前駅まで軌道線が開通した。
その翌年には琴平との軌道線、さらに大正13年(1924年)には
多度津西口駅との鉄道線が開通。
昭和23年(1948年)には、琴平急行電鉄と合併。
だが、昭和38年(1968年)に琴平参宮電鉄は全線廃線。
その後、この会社はバスだけの運行会社となった。
昭和38年(1968年)の9月16日まで使われていた駅舎だ。
最近まで、民間の飲食店などが利用していたようだが、
現在では廃屋となっており、このままだと消滅してしまうだろう。
近辺をくまなく歩いて、昔の線路の跡を探してみたのだが
全く痕跡がなくなっているようだった。
設計・施工などの仔細は不明。
だが、木造2階建であることには間違いないと思う。








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