munyuchan

むにゅ’sのぉと

10年以上続けたヤフーブログから引越してきました。 路上観察、近代建築などがメインのブログです。 ライブドアではまだまだ戸惑うことが多いですが、よろしくお願いします。

2011年02月

23 2月

第55回 活動報告 青春18切符ツアー 六華苑(旧諸戸氏邸) その2

旧諸戸邸の塔屋の中は、客待ち的な小さな応接室になっていたそうな。
丸い感じの小部屋が心地良い。イメージ 1    
 
丸い塔屋にあるガラスは当時の日本では
製造する技術がなかったそうで、
外国から輸入されたものだったそうだ。
 
建築当初、この塔屋は3階建ての
設計だったそうなのだが、
すぐ前を流れる揖斐川を眺められるように
4階建てに変更されたそうだ。
イメージ 2
 
 
 
塔屋内部→
(1階)
 
 
 
 
イメージ 9
 
 
 
 
 
 
 
 
 
イメージ 10
1階、2階ともに、当時の調度品は
ほとんど残っておらず、今、置いて
あるのは、公開に当たって
ヨーロッパのアンティ-クの
家具類だそうだ。
だが、この建物とそれらに
ほとんど違和感はない。
そのくらい美しいのだ。
 
窓の向こうに見えるベランダには
設計者のコンドル氏が好んだとされるタイルが敷かれている。
そのタイルは、1階のステンドグラスのある車寄せのある玄関と、
1階、2階にあるトイレにも使われている。
 
トイレも自然光が横から入るように、明り採りが廊下についている。
イメージ 11
 
この壁の奥がトイレなのだが、
トイレに上でなく、壁をい隔てた天井の上に
明り採りが作られているのが、良い。
 
 
実際のトイレの内部には、間接自然光照明で
壁にある小窓から自然光が斜めに差込む。イメージ 12
 
 
 
 →
 
 
 
 
このトイレは1階だが、2階にも
同じようなトイレがあり、驚くことに建築当初の
大正時代から、すでに水洗トイレだったそうだ。
 
床のタイルは当時のもので、ベランダや
車寄せ玄関にも使われているものだ。
 
イメージ 3
 
 
2階はプライベートな居住空間だったそうで、洋館のお約束でもある
サンルームもあった。
 
書斎からサンルームへと
繋がっているのだが、
明るい光が降り注ぎ、
窓を開ければ、涼風が吹き
涼を感じることもできる。
 
イメージ 4イメージ 5
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
イメージ 6
 
照明の傘も当時のものだそうだ。
ミルク色の優しい感じと、フリルのような裾
がかわいらしい。
 
そして、気になったのはドアノブと
鍵穴カバーだ。
コンドル氏と言えば、日本画にも
造詣が深い。
 
イメージ 7イメージ 8
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
その影響なのだろうか?木目のノブに鍵穴カバー。
扉の色に合わせて、地味なようで渋さが光っているような気がする。
この辺り、ヴォリーズ氏の水晶のドアノブとの違い(年代も違うのだが)が
よくわかるような気がする。
日本画の河鍋氏に師事したコンドル氏ならではのような気がしなくもない・・・
 
写真がかなり増えてしまったので、続きは次回に回したい。
21 2月

アカンサス柱頭の鏝絵

自宅から北へ少し行ったところのある集落で見つけた。
周辺には、龍や立ち菊の鏝絵のあるお宅が建っている。
イメージ 1イメージ 2
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
イメージ 3
 
 
 
 
炎を制する龍と水紋。
よく見ると、漆喰の色が違って
いるので、この鏝絵の部分を
残して、新しく漆喰を塗り直した
ように思える。
 
そして、この蔵の奥に家屋が
あり、そこにも鏝絵があった。
イメージ 4
 
 
緑で○印をつけた部分なのだが
個人的に、この鏝絵に感動した。イメージ 5
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
見た目はかなり地味なのだが、
洋風の模様になっている。
実は、一般の日本家屋でのこのような
鏝絵は非常に珍しいと思う。
よく見ると、上の方にも細工が施してあって
アカンサスの柱頭をそのまま鏝絵にしている。
地味に見えるが、実はものすごく凝っている。
東京などに多く見られる看板建築などによくモルタルで施されているのだが、
これはどうなのだろう??
イメージ 6このブログでは拡大できないが、
PCに取り込んだ画像を拡大して
目を凝らして見る限りでは、
色漆喰をドイツ壁風に仕上げ、
モルタル風の色漆喰で鏝絵を
描いたように見える。
柱頭風の部分も同じだ。
アカンサスの葉を強調するように
モルタル色の漆喰が柱頭の土台に盛り付けてある。
 
昭和初期頃の鏝絵ではないだろうか?
大正時代にも、すでにこのような鏝絵はあったのだがこの地方であの時代に
アカンサス柱頭の鏝絵を作る職人さんがいても、注文する施主がいただろうか?
昭和になってからのような気がしてならない・・・
 
ある意味、このタイプの鏝絵は日本全国でも非常に珍しいのではないだろうか?
看板建築ならまだしも、普通の日本家屋の軒桁にアカンサスがあるものは
聞いたこともないので、かなり貴重な鏝絵なのではないだろうか?
ただ、鏝絵というと龍などの凝った鏝絵の方ばかりが重視されるのだが、
時代を反映したこのような鏝絵も記録として残すべきだと思う。
このタイプの鏝絵は、今まで見たことがなかった。
どうして、こんな所にこんなすごい鏝絵のあるお宅が何軒もあるのだろう?
商売をやっている街でもなく、むしろ農村というか集落なのだが・・・・
よほど、裕福な農村なのだろうか??
渓谷近くの普通の田舎にしか見えないのだが・・・
 
 
 
19 2月

植物トマソン

尾道で見つけた「植物トマソン」。
イメージ 1
イメージ 2
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ただ、塀の中の木が成長しすぎてしまったために塀を壊して木が出てくるスペースを
確保してあげただけのものなのだが、
見ようによっては、塀から木が生えているようにも見える。  しかも、逆さL字型のように木は生えているようだ。
いや、生えると言うよりは顔を出しているよ言った方が良いかもしれない。
細い坂道の途中で見つけたので、見上げるようにして写真を撮った。
 
 
 
 
 
 
むにゅの路上観察・・・・・その156
17 2月

猫様 in 柳橋

柳橋にアタシの祖父の代から付き合いのある飲食店がある。
その店の先代がまだ神田で「小僧さん」だった時代からの付き合いで、
向島の料亭に板前をやっていた時分から祖父が贔屓にし、
独立して柳橋で店を出したのをきっかけに家族ぐるみでその店に通っている。
東京にいたころも、徒歩か自転車で当時、住んでいたビルの中で
仕事をしていたダンナに折り詰めを買って帰ったりとか、よくしていた。
ひょんなことから、あるブロガーさんとその店の縁戚の方が同じ会社に
勤めているということがわかり、びっくり!
そのブロガーさんとも、何度か一緒に遊んだりしていたので、
ぜひ、今度はそのお店に行きましょうね!という話をしていた。
昨年秋に帰省した時に、そのブロガーさんともう1人の仲の良いブロガーさんと
3人でその店に食事をしに行ったのだが、店の隣のビルに
ダンボール箱が置かれキジ猫が2匹入っていた。
近くを通りかかる勤め人らしき人たちがその猫をかまっていた。
仲良しブロガー3人で食事をし、歓談していたところ
偶然開けたそのお店の扉から猫様が顔を出した。
イメージ 1イメージ 2
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
イメージ 3
 
 
 
 
 
この猫様は確か、
「みゃんみゃん」という名前を
つけてもらっていた。
顔だけ出して、店の中に入ることなく
ご飯の催促をして、立ち去った。
 
この『みゃんみゃん』だか、
もう1匹の方だか、わからないが、この後、1ヶ月も経たないうちに車に轢かれて死んでしまったと、
ブロガーさんがこのお店の縁戚の方から教えてもらったそうな。
 
かなりボケボケの写真なのだが、
『そういえば、ここにこんな猫がいたなぁ・・・』と、忘れないためにアップした。
記憶するということはアタシの愛情表現でもあるから。
 
どうもこのブログというものは不思議なもので、思わぬところで思わぬ人と
繋がっている場合がものすごく多い。
 
その仲の良いブロガーさんから、知ってる人の縁戚につながるお宅が
柳橋にあって飲食店をやっていると言う話を聞いた瞬間、
「もしかして○○??」と言う言葉がアタシの口から出た。
そして、まさにその通りだった。
そのブロガーさんと思わず、「やっぱり、アタシたちってなんかあったんだよ!!」と
顔を見合わせたくらいだった。
 
もしかして、ブログやネットというものは、そのつながりを確認させてくれる
『ツール』なのだろうか??
どうも、そう思えてならない・・・
 
15 2月

第55回 活動報告 青春18切符ツアー 六華苑(旧諸戸氏邸) その1

8月のサークルも青春18切符を使っての遠征だった。
暑い盛りに歩きまわるのを避けるため、1ヶ所に集中して見学することにした。
以前から訪問したかった、三重県桑名市の六華苑。
山林王だった、二代目諸戸清六氏の邸宅だ。
イメージ 1写真の左側に少し写っているのが
和館で、こちらは木造平屋建。
 
大正元年(1912年)築。
設計・施工ともに伊藤末次郎氏。
 
そして、水色がっかった洋館は
大正2年(1913年)築、
設計・ジョサイア・コンドル氏。
施工・伊藤末次郎氏。
 
イメージ 2
この洋館は、木造2階建。
塔屋(4階建)付。
スレート葺、銅版葺となっている。
 
設計者のジョサイア・コンドル氏の
建物は、東京に集中しており、
関西圏のメンバーたちには
その名前だけで馴染みが薄いので
ここは、ぜひ、見て欲しかった。
 
ジョサイア・コンドル氏といえば、
「鹿鳴館」の設計者で、東京あたりで身近な建物というと、駒込の方にある古河庭園の中にある「旧古河虎之助氏邸」、
上野の旧岩崎邸、綱町三井倶楽部、そして丸の内の三菱一号館。
 
諸戸家は明治以降、米穀仲買で財を成し、大隈重信氏や松方正義氏などの
勧めで林業経営に転身し、三菱岩崎家とも事業を通じて接触があったと見られ
そのためにジョサイア・コンドル氏に設計を依頼したと言われているそうな。
明治の西南戦争の際の米相場で富を築き、三菱岩崎家の信頼を得て、
大蔵省御用の米買い付け方になったそうなので、恐らくそのつながりだろう。
 
上に書いた、上野の岩崎邸というのは、言うまでもなく三菱岩崎家のことだ。
 
東諸戸家と西諸戸家があり、東諸戸家は初代清六氏の四男は二代目を継ぎ、
現在は二代目の長男の民和氏の建物になっているが、平成になってから
諸戸家の寄贈を経て、現在の六華苑になる。(桑名市が所有)
現在でも、かなりの一族であるので相続税が払えないための「物納」ではない。
 
奇しくも、当サークル初期の頃に見学した神戸の「乾邸」の乾氏とは
親戚関係にある。
(乾家はその後、乾邸を物納し現在は神戸市の所有となっているが非公開)
 
今回、見学させていただいたのは、東諸戸家の洋館、和館、庭園部分だ。
 
西諸戸家は、初代諸戸氏の次男、精太氏の長男である精文氏の家で
現在の六華苑に隣接しており、非公開となっているが、
春と秋のみ、庭園部分を特別公開しているようだ。
 
イメージ 3
 
 
和館から、中に入り事前にお願いしておいたガイドさんに案内して
いただいた。
 
写真撮影は自由。
 
だが、HPやブログへのアップロード
は、必ず、許可をとらなくては
いけないことになっている。
 
このブログでのアップロードも所定の手続きをとった上でのものになっている。
当日でも、手続きできるはずなので面倒でも取るべき許可はとった方が良いだろう。
 
イメージ 4イメージ 5
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
写真左の塔屋は戦災により倒壊したのだが、設計図と古写真をもとに
車寄せのステンドグラスとともに
イメージ 6復元されているそうだ。
 
床下換気口には、家紋と見られる
「丸に違い鷹の羽」がついている。
 
家紋の周囲は、「破魔矢」を意味する矢絣ではないだろうか。
 
イメージ 7
 
 
 
 
 
写真が増えてきたので、続きは
次回更新時にまわしたい。
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