
この蓋の話しがでたことがあった。
路上観察仲間の間でも、この蓋は知られているようだ。
蓋の写真も撮ってはあったのだが、仔細を調べていなかったので
アップはまだ当分先送りと思っているうちに
どのCD-Rに落としたのか探すのが大変で
面倒くさがっているうちに埋もれてしまっていた。
京都は東京や大阪と同じようにかなり早い時期から
上下水道が発達している。
写真を撮りっぱなしで、まだ図書館関係や資料館などを
訪れて調べてはいないのだが、何故、
このような古い蓋がまだ設置されたままなのか?
もしかしたら、これは私設の蓋ではないだろうか?
この蓋は2枚しか確認してはいないのだが、
水道局の管轄外の蓋ゆえにそのままなのか?
そえとも、この蓋がまだ使えるからなのか?
何ゆえにこの蓋が2枚しか残っていないのか?
元々、2枚しか設置されなかったのか?
それとも、後年、もっとあった蓋が現在の蓋に取り替えられたのか?
謎はつきないのだが、あまりそのあたりを当局に問い詰めて、
下手に蓋の撤去などにつながってもいけないので、
この蓋の仔細は個人的にひそやかに、
差し障りのないように調べるだけにした。
東京では、この時代の蓋はすでに水道資料館の資料室に
保管されているのだが、京都ではどうなのだろうか?
万が一、撤去されても保存されるかどうかはわからないので、
あえてこの蓋がどこにあるかなどの仔細は控えることにする。
実は、他のブログでもこの蓋は記事になっていて、
アタシも「後日トラバします」というコメントを残してはいるのだが
場所などがそちらの記事にかかれているので、
あえて日時を大幅にずらしてトラックバックさせていただくことにする。
だからネット検索で調べて、コメントに仔細を書くのは
控えていただきたい。
万が一にも、ブログがきっかけでこの蓋が普通に撤去されて
そのまま保存されなかったら、とても残念だからだ。



















