munyuchan

むにゅ’sのぉと

10年以上続けたヤフーブログから引越してきました。 路上観察、近代建築などがメインのブログです。 ライブドアではまだまだ戸惑うことが多いですが、よろしくお願いします。

2008年08月

31 8月

第30回活動報告 近江八幡 その5

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ヴォーリズ記念館を出たあとは再び、是非とも購入したい本があったので

和菓子の『たねや』さんに向かう。

その途中、旧岩瀬医院の建物を撮影。(写真1枚目~2枚目)

昭和8年(1933年)築のヴォーリズ氏設計の建物だ。

現在では、他の方が「住まい」として住まわれていらっしゃるようだ。

写真3枚目~6枚目は旧八幡郵便局。

こちらも、ヴォーリズ氏の作品。大正10年(1921年)築。

昭和35年(1960年)まで郵便局だったのだが、

現在ではギャラリーやショップとして使用されている。

6枚目の写真はかなり暗いのだが、フラッシュを使って撮った写真よりも

むしろ、この状態の方が実際に目で見た感じと同じなので

あえてこのままアップする。

後ろに使用されているのは「膠(にかわ)ガラス」。(写真8枚目)

膠ガラスについては、ぜひ、過去記事を参照して欲しい。

このすぐ横にあったドアノブは紫水晶とのことだった。

4枚目の写真に戻るが、このマーク(桜の模様)は

昭和26年(1951年)まで使われていたマークで、

実は逓信博物館でもこの〒マーク以外の桜の模様などに関する

公的資料がないそうなので、この紋章がそのまま復元したのであれば、

大正10年当時は、桜の模様が〒マークの下に描かれていたことを

証明する手立ての一つではないだろうか??

かなり写真は多くなってしまったので、続きは次回更新時に・・・



膠(にかわ)ガラスについての過去記事(ニカワガラス)
   ↓
http://blogs.yahoo.co.jp/munyuchan2002/41988670.html




〒マークと桜の模様に関する過去記事(三国郵便局)
   ↓
http://blogs.yahoo.co.jp/munyuchan2002/51387322.html
   
30 8月

中橋牧場の箱

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安部さん(http://www.rose.ne.jp/~perceus/index.html)に
教えていただいて、撮りに行った箱。
尼崎には、森永製菓の工場があったために周辺では
牛乳作りが盛んに行われたそうだ。
現在の繁華街である十三付近にも牧場あったのは、そのせいだそうな。
この中橋牧場もかなり古くから営業していたようだが、
現在ではすでに牛乳は廃業してしまっている。
自社で製造をやめて大手メーカーの牛乳の代理販売の可能性も
直接確認してみたが、「もう牛乳はやっていない。」と言われた。



(有)中橋牧場
兵庫県尼崎市御園2-3-26






29 8月

訂正・修正~~和気郵便局

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以前、この書庫でアップした旧和気町郵便局。
広島方面に行く際に途中下車して寄ってみたところ、
消えてなくなっていたと書いた。
当時の写真もなくなって残念と書いてあるのを読み、
安部さん(http://www.rose.ne.jp/~perceus/index.html)が
鮮明な画像をメールで送ってくださった。
それからしばらくして、安部さんが和気町を訪れた際に
まだ、この郵便局の建物が現存していることがわかり連絡くださった。
どうも、アタシが道を間違えて消えてしまった!と、勘違いしたようだ。
それから、まだあるのなら・・・と、車で近くまで行ったついでに
改めて建物の無事を確認し、写真も撮り直してきた。
解体されてしまった・・・と、書いたのはアタシの大きな勘違いだった。
大変、失礼致しました、この記事をもって訂正させていただきたい。
この建物、どの資料を見ても昭和初期??としか書いていないが、
この郵便局が実際に利用した期間は、
昭和4年(1929年)7月から昭和41年(1966年)まで。
もともと、郵便局が建てた建物ではなかったそうな。
どうも、郵便局に貸すという契約で郵便局用にデザインして建て、
そのまま貸し出していた建物だそうな。
と、すると築年は、昭和4年(1929年)ではないだろうか?
昭和41年(1966年)以降は、一時、古物商が借受けて
ここで営んでいたこともあったようだが、
かなり長い間、空き家状態が続いている。
とうの郵便局は昭和41年にここを出てから、
すぐ近くのプレハブの建物で永らく営業していたが、
平成7年(1995年)に現在の駅寄りの方の道に移転。
何故、この建物を借りるのをやめて、数軒隣のプレハブに移り、
数十年に渡り営業していたのかは不明だそうな。
古物商時代のことも調べてみたのだが、
あまりよくわからなかった。
ただ、建てられた時期がある程度、くわしくわかっただけでも
良かったかもしれない。
やはり、出かけるついでに途中下車で欲張って立ち寄って
写真を撮ろうとすると、このようにうっかり場所を間違えて
すでに解体されたと思い込んでしまうこともあるので、
街歩きなどは、18切符などでお得だからということで
欲をかくと見えるべきものが見えなくなってしまうようだ。
でも、安部さん(http://www.rose.ne.jp/~perceus/index.html)には
教えていただいて感謝の気持ちでいっぱいだ。
おかげでちょっとだけでも、わかったことが増えた。
「和氣郵便局」と右から描かれているのは、大理石。
〒のマークがある部分は花崗岩だそうな。



以前の勘違い過去記事はこちら
   ↓
http://blogs.yahoo.co.jp/munyuchan2002/52582704.html

28 8月

猫様 in 神戸 その2

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神戸のインド人クラブの前の小さな公園に
いらっしゃった猫様。
公園の奥にも、もう1匹猫様が・・・
そのうち、カメラを持った怪しいおばさんの姿にびびったのか
もう1匹の猫様と寄り添って、不安そうにこちらを見ていらっしゃった。
6時半を少し過ぎたばかりだったのだが、
陽が落ちるのがかなり早くなってきており、
この2枚くらいしか、判別できる写真がなかった・・・・









27 8月

旧駅舎チックな駅舎

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JR長浜駅。(写真1枚目、2枚目)
数年前にも何回か訪れているのだが、
当時は、普通の地味な感じの駅だった。
だが、今年の4月に訪れた時は、新しく生まれ変わっていた。
以前の暗い感じの駅ではなく、長浜鉄道スクエアの外観に似せて
デザインして新しく作ったそうな。
平成18年(2006年)築。JR西日本が設計とのこと。
写真3枚目は、駅のすぐ近くにある、長浜鉄道スクエア。
こちらは現存する日本最古の駅舎で、
明治15年(1882年)築。
T.R.シェルビントン氏たちを始めとする英国人技師たちが設計したと
言われている。稲葉弥助氏・施工。
驚くことに無筋コンクリート造、2階建。
基礎、臥梁、開口部周りは石、煉瓦積みだが、
壁は全くの無筋コンクリートだ。
だが、明治42年(1909年)の近江地震でも
被害が特になかったということだ。
長浜市とJR西日本で駅舎を新しくしたとのことだったが、
実際の主導権は当然ながらJRにあるために
どうも、長浜市はお金だけでほとんど仔細に関しては
基本デザインに関してはよくわからないそうだ。
旧駅舎は明治36年(1903年)まで使用されていたそうな。
現在では長浜鉄道スクエアとして、鉄道関連の展示館とともに
一般公開されている。
駅舎を新しくするにあたって、かつての姿にデザインし直した駅舎だ。
そのために、あえてこの書庫にアップした。









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