munyuchan

むにゅ’sのぉと

10年以上続けたヤフーブログから引越してきました。 路上観察、近代建築などがメインのブログです。 ライブドアではまだまだ戸惑うことが多いですが、よろしくお願いします。

2009年09月

30 9月

マッチョなギョロちゃん

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先日、2年目のワクチン接種が終了。

その病院は診察室が何部屋かあって、診察前にそれらの部屋で担当の獣医さんが来るのを待つので

待っている間、猫たちの体重測定をしてみた。

診察台の真ん中に乗せれば測定できるようになっている。

力が入ると正確に測れないので、何度もリラックスさせながら測って院長先生の登場を待っていた。

結果・・・ギョロちゃん(黒猫)   6.1キロ   以前測ったウエストは 41cm
     
     パチロー(青猫)     5.6キロ      ”       47cm   
     
     虎王(白茶猫)      3.8キロ      ”       33cm 


                          と、いうことがわかった。 

パチローだけは昨年風邪をひいて、ワクチン接種時期が遅かったので2週間ほど遅れての接種だった。

ギョロちゃんも、夏に去勢種手術したときに比べ、心臓の雑音がかなり少なくなっているそうな。

当初、院長先生も驚いて「まさか、治った?」などと冗談まじりで笑っていらっしゃたのだが、

「でも、この年齢で治ることってあり得ないでしょ?」というアタシの問いに深くうなずかれ、

もしかしたら、逆に悪くなりかけてきている証拠なのかもしれないので、

詳しい検査は遠くの本院まで行かなくては行けないし、費用も時間もかかるので

とりあえず、たまに聴診器で心音を聴くだけでも良いので連れて来て欲しいとのことだった。

健康状態、見た目では全く問題ないそうだ。

と、いうことは、急に具合が悪くなってあっけなく死んでしまう可能性が強いのだろうなぁ・・・

生き物と一緒に暮らすということは、『別れ』とも常に背中合わせなので、

覚悟だけはしておくつもりだ。

だが、院長先生曰く「でも、このコは今、こうやって生きてること自体が不思議なコだ・・」とのこと。

確かにうちに来た時はヨレヨレだったし、すぐに死んでしまうだろうからワクチンにしても

ギョロちゃんに関しては、打つ必要がないとまで言われたのだが、

去勢手術どころか、2年目のワクチン接種、おまけに一番重い・・・・

ただ、見た目はそんなに太ってはいない。

体は大きいがお腹もタプタプではないし肉のつき方もみっしりとしており、雄猫なのだが、

まことに愛くるしくてそれこそ、「肉置き(ししおき)豊かな・・・」という表現がぴったりだ。

見た目はパチローが一番太い。実際、ウエストが47センチもある。

院長先生も「お腹がタプタプやねぇ~でも、まぁ、仕方ないかぁ・・・」と苦笑。

お腹もまん丸で顔が細いので、余計にお腹が目立つ。

人間の男性に多い、お腹だけ太鼓腹になってしまうタイプなのだろうか??

そして、見た目が太いのに一番痩せているのは虎王。

毛が長いので太っては見えるが、触るとすぐ骨ばった体だ。

うちの猫はみんな体は大きい方なので、体長からすると3.8キロは確かに軽い。

そのため、身軽なのでかなり狭いところでも、細いところでもヒラリとジャンプして乗れるし、

本棚の上などでよく寝ていることが多い。

その代わり、重たい2匹はすごい音をたてて走り回って遊びまわる。

起きている時、ほとんど遊びまくっているのだが痩せる気配はない。

食事も給餌量を守ってはいるのだが、気がつくとギョロちゃんが1人締めして他の猫の分も

食べまくっていることが多い。

だが、ギョロちゃんは普通に歩いていることが少なく、常に飛びはねている。

おもちゃで遊ぶのも、他の猫ととっくみあいもすべてに参加している。

触るとムチムチっとして、結構、固い筋肉質のような体だ。

ギョロちゃんは、マッチョなのだ!
29 9月

生野・銀谷まつり

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この間の日曜に生野・銀谷まつりに行ってきた。

実は、この日に某スーパーで当たったバスツアーの予定が入っていたのだが、

平日の出発に変更してもらうことができたので、今年も顔を出すことができた。

例年のごとく、午前中ダラダラして午後から生野へ・・・

到着してすぐに、あの懐かしい『ダイハツ ミゼット』の軍団が目の前を走り抜ける。

何故か、『スズキ セルボ』も1台だけ後をついて一緒に走っていた。

最近、ミゼットが停めてあるのしか見ておらず、実際に走行しているのを見たのは

実に●十年ぶりのことだったので、感激のあまり写真に撮らずにそのまま見ていた。

絶対にどこかで写真がアップされるだろうと思っていたら、昨日のヤフーの

トップページのニュースに画像が載っていた。

    ↓
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090928-00000021-maiall-soci


生野に行ったら必ず足を伸ばして寄るお店があるので、屋台であれこれおいしそうな物を

買い食いするのは我慢しながら、文化財を守る犬・黒犬ブリュンちゃんのところへ行く。

さっそく、旧海崎医院のご当主が声をかけてくださる。

しばし、話し込んでから、扇屋さんへ。(http://blogs.yahoo.co.jp/okasikoubou807

バスツアーで来られないって聞いていたけど??という問いに出発日の変更を告げ、

少しだけお話してブラブラ歩く。

道を戻る際、また扇屋さんに寄って「手作りくっきー・しょうゆ」を購入。

確か、これ、去年は売っていなかったような記憶があるのだが・・・

新製品だろうか??

2袋買ったところで、財布を車の後部座席にそのままほっぽり投げたままにして

歩きまわっていたことに気がついて、持っていた小銭で代金を支払いあわてて車に戻る。

が、途中で面倒くさくなって落ち着きを取り戻しゆっくりとまた生野の町を歩き、

再び、ブリュンちゃんのいる旧海崎医院で、ご当主と奥様と話し込む。

その後、旧浅田邸に行きあちこち撮影しながら銀谷まつりが終わるギリギリまで

浅田邸を堪能したあと車に戻ってみたが、財布はそのまま無事だった。。。

窓から丸見えだったのだが、車を管理してくださるスタッフの方もかなりいらっしゃったし、

訪れる方々も良い方ばかりだったので、助かった。

昨日、このしょうゆくっきーを食べてみたのだが、卵もバターも使っていないのに

ものすごくコクがある。

しょうゆのおかげで、味噌パンとか味噌煎餅のようなもろみっぽい独特の風味がおいしい。

ボソボソ感はなく、むしろしっとりした感じのクッキーであっという間に1袋食べてしまった。

生野に行かれたら、しょうゆくっきーをお勧めする。

恐らく、しょうゆは地元生野の石川の醤油。

もっと買ってくればよかった・・・

今年も行くことができてよかった、また来年、行けると嬉しいなぁ・・・

今年から公開する建物の数も増えたので、訪問する楽しみも増えた。
28 9月

添嶋 奈美子遺作展-soelの世界-

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今年になって、いつも仲良くしてくださっているブロガーさんのところの記事で

あるブログの存在を初めて知った。

とても、美しいイラストや絵、デッサンなどがいっぱいのブログでじっくり読んでみると

書いてある内容も大変優しい気持ちになれる内容で、その方の描かれている絵も楽しくて優しい。

だが、残念なことにそのブロガーさんはお亡くなりになられていた。

どうしても、そのブロガーさんの優しい絵が忘れらなくて登録させていただき、

その後、暇を見つけてゆっくりダラダラとだけれども、

最初の頃からの絵や文章などを拝見させていただいている。

その方のご主人がこの10月に遺作展を開催してくださるというので、

アタシも日帰りでその絵を拝見させていただきに行くつもりでいる。

もちろん、案内葉書も東京方面の絵を描いていた仲間に郵送させてもらった。

ご主人が亡きsoelさんの遺作の中からいくつか選んでいただいた作品と、

交流のあった方々が描かれた作品の展示が行われるそうだ。

実は、アタシがあこがれる人というのは3つのタイプの方々。
   
   楽器の演奏ができる人。

   絵のうまい人。

   料理のうまい人。

だから、自分が描きたくても絶対に描けない世界を持ってらしゃる方々にはただ敬服するのみなのだ。

アタシの場合は自分で絵を描いていた時期もあったせいか、絵の好みはかなり激しい。

だから、好みの絵となると新幹線を使ってでも見に行く。

逆に有名な絵でも、好きでなければ絶対に見ない。

無理してわかったつもりで見ても、自分の心にはマイナスになるような気がするからだ。

知名度などに振り回されてしまって、眼が濁ってしまうことが自分で恐ろしいからかもしれない。

とにかく、かなり偏屈なアタシは、soelさんの描く世界に参ってしまったのだ。

だから、かなり強行軍だが夜行バスで東京に行き、その足で遺作展を拝見させていただき、

やはりアタシが個人的にものすごく好きな絵を描かれるブロガーさんにお会いして、

午後からは写真ブロガーさん開催の撮影会に町歩きの担当として参加して、

その日の夜行バスで自宅にとんぼ帰りする予定でいる。

(アタシは写真撮影が趣味というのではなく、気になった物しか撮影できないし、

小さなコンパクトデジカメしか持っていないので、勝手に町歩き担当になることにした。)

実は、東京でもかなり気になっている地域があってぜひ、もう一度歩いてみたいのだが、

いかんせん時間とお金のやりくりが大変なのだ。

早朝に東京に着ければまだ、自分の足で歩いてこの眼で見ておきたい場所もまた見られる。

いろいろ考えた挙句、この強行軍で行くことにした。

ただ、この眼でsoelさんの絵を見てみたい。

生前のお付き合いはなかったのだが、遺作展がある以上はできる限り協力できればと思い

このブログで、遺作展の告知を書くことに決めた。

そのくらい、アタシの好きな絵ばかりなのだ。

下にsoelさんのブログのURLを貼っておくので、ご覧になってはいかがだろうか?

ただ、絵だけ見て適当に文章を読んで・・・などというのであればご遠慮ください。

文章もきちんと読んで、その上で絵を見ていただければと思うので・・・

書かれている文章にも、いろいろなものに対する深い愛情がにじみ出て、

もちろん描きき上げられた作品にもそれが出ていらっしゃるからだ。

アタシには、絶対に描きたくても描けない世界だ・・・





添嶋奈美子遺作展-soelの世界-

2009年10月9日(金)~14日(水)
    AM11時~PM7時(最終日PM3時まで) 

ギャラリー日比谷      東京メトロ日比谷線日比谷駅A4出口すぐ
              (晴海通り沿いの煉瓦色のビル)





soelさんのブログ
  ↓
http://blogs.yahoo.co.jp/soel917
27 9月

第43回活動報告 京都魔界ツアー その1

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今年の1月に旧駒井邸の見学に行った帰りに寄った町家カフェ「妖怪堂」さんで、

「京都魔界案内」というツアーがあるのを知って、この8月のサークルで参加することにした。

通常の観光コースとは違って、滅多に行かないような場所を案内してくださるというので

てっきり、妖怪スポット巡りを兼ねた、裏京都観光のつもりで7名で参加。

7名以上だと車の都合で金額が高くなるというので、

7名までということでメンバー全員にメールをし、かなり早くから申し込んでおいた。

当日は朝9時前に京都駅に集合。

アタシも始発の電車で京都に向かった。

集合時間を早めにしていたおかげで、9時5分前には京都駅を出発することができた。

気休めに魔よけ代わりにと天然石を身につけて参加してみたのだが、

実際には、そんなおどろおどろしい話もなく、かなり真面目な感じのツアーだった。

最初に東山にある「将軍塚」に行ったのだが、

途中の東山トンネル付近でまず最初の魔界スポット?に遭遇。

ゆるい下り坂を車で走るのだが、目の錯覚で実際は登っているのに、

下っているかのように感じるそうで、ニュートラルに切り替えると車が坂をバックの状態で登る。

香川県にも同様のスポットがあり、そういう話は聞いていたのだが実体験は初めてだった。

人間の目をいうものが、いかにあてにならないかがわかるような気がした。

その後、将軍塚に行くのだが、駐車場に猫が寝ていた・・・

メンバーたちが「猫が死んでる!やっぱり、魔界ツアーだけあって何かある!」などと

話していたのだが、帰りに見たら猫は消えていた。

ただ寝ていただけだったようで一同、安心したのは言うまでもない・・・

将軍塚は京都ではかなり有名な夜景スポットだそうだ。

ここには、日本で最初の小学校である弥栄中学校の前身にあたる寺子屋だった大日堂もある。
                                    (写真2枚目)

そう、当サークルでお世話になっているA先生から何度も教わった、

寺=学校というのがまさしく、これに当たる。

この大日堂で拝観料を払い将軍塚に行くために庭へ向かう。

ここのある展望台で京都の地形などに関するレクチャーを受ける。

かなり長い時間の説明だったのだが、っこでこの地形や簡単な歴史的背景を知っておかないと

長い歴史を持つ京都が余計理解できなくなるので、個人的にはここでの説明はとてもよかった。

まず、京都における怨霊の第一号は「早良(さわら)親王」だそうで、

桓武天皇の実弟だったお方なのだが、クーデターに関与したということで淡路に流刑

島に送られる途中で憤死したそうな。

長岡京遷都にからんでの事件だったらしいが、この早良親王の怨霊を鎮める目的で作られたのが

上御霊神社と下御霊神社だそうだ。

そして、更にこの地に『将軍塚』を作ったそうな。

なんでも、古来から強い武人の武具などを埋めて守護とする風習があったそうで、

時の征夷大将軍の坂上田村麻呂の武具一式を埋めたのが、写真1枚目の将軍塚だ。

木の柵で囲ってあるのがそれで、結構大きいものだ。

この将軍塚の横にある展望台から一望できる京の地形の説明を受けるのだが、

まず、北の方角にあるのが舟岡山。これが玄武にあたるそうな。

今の千本通りが朱雀大路だったそうだが、南には巨椋池というのがあったそうだ。

東寺と西寺は昔からあったそうで、この中間地点が都の入り口で大きな羅城門が配置されていたらしい。

西を守る白虎にあたるのは、山陰街道。

東の守護は青龍で、加茂川。

以前、このサークルでA先生に教わった風水のことを思い出してみた。


A先生は、

東→青龍→流水

西→白虎→大道

南→朱雀→湖沼

北→玄武→丘陵

と、教えてくださっていたのだが、それにすっぽりあてはまる。


加茂川(東)、山陰街道(西)、巨椋池(南)、舟岡山(北)という構図になっている。

これで、東西南北の関係がだいたいだが、つかめた感じがする。

ここに平安京ができあがるのだが、この都に大極殿の8分の5のサイズで建てられているのが

平安神宮だそうな。

今まで、全く知らずに何度も平安神宮に行っていたのだが、この歳になて初めて知った次第だ。

この平安京は約80年くらいは当初の地形のままだったそうだが、

加茂川の氾濫などで、御所の位置がずれたそうだ。

平安京になる以前の長岡京も高野川、加茂川の氾濫で崩壊しているそうで、

そのために平安京になってから、今出川、小川、出水川、西の塔院川、烏丸川を暗渠にし、

堀川にまとめたのだそうな。

約1200年前にできた人工川になるのだそうな。

暗渠となった川は、現在では通りの名前になっているので、イメージはしやすいだろう。

京都へは何度も来てはいるが、単発的にお寺や神社などを見ているだけなので、

地形から歴史的な背景を聞いて、物事を見るということを今まで行っていないので

実際、かなり長い時間の説明だったのだが、この説明は大変参考になった。

ここで、やっと今回のツアーは平安時代が舞台なのだと気がついた。

そして、今でも使われている言葉に隠された意味などを教わった上で

京の町に車で移動するのだが、長くなってしまったので続きは次回の更新時に・・・
26 9月

白山湯の暖簾

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お散歩photo albumの安部さん(http://www.rose.ne.jp/~perceus/index.html)から

頂いた、姫路の白山湯の暖簾の画像。

実は、安部さん、この暖簾の画像を撮るために何度か白山湯まで写真を撮りに足を運んでくださった。

白山湯の暖簾が変わっていたのを目撃され、確認のために再度訪問してくださり、

暖簾がよってしまって、絵がはっきり写らないからと念のために撮影してくださった後にも再訪。

ところが、牛の絵の暖簾に架け変わっていたのでこの画像しかないけれど、と送ってくださった。

さすが路上観察の達人、安部さんだけあって、ちゃんと「花火だいすき」と書かれている文字も

撮影してくださっていた。

安部さんのサイトは路上観察や琺瑯看板などの世界ではかなり有名で、

特に琺瑯看板に関しては、図書館などで調査をきちんとされたすばらしいものだ。

圧巻としか言いようがないサイトなのだ。




安部さんのHP
 ↓
http://www.rose.ne.jp/~perceus/index.html


白山湯の過去の暖簾の記事
 ↓
http://blogs.yahoo.co.jp/munyuchan2002/49270162.htmll

http://blogs.yahoo.co.jp/munyuchan2002/51438388.html

http://blogs.yahoo.co.jp/munyuchan2002/54502298.html
 
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