


グリコの看板よりも隣の雪印の看板がとても気になるとのこと。
これは誰の作品なんでしょう?
これは、あくまでも推測ですが雪印と広告代理店が相談して作ったと思いますよ。
ただ、まだ雪印の広報には問い合わせていませんが・・・
どなたかご存知の方がいらっしゃれば教えていただけませんか?
雪印の広報がどこまでその辺りを教えてくれるかが問題。
必ず、言われるのが、何故そんなことを聞くのか?調べてどうするのか?何かに載せるのか?
いちいち説明しても教えてくれない会社が多い。
仕方ないかもしれないのだが・・・・
たまたま、手元に25年前の写真が置いてあったので、比較のためにアップしてみた。
これを見るとグリコの看板以外の看板がどう移り変わったのかがわかると思う。
1枚目が先日の写真。
雪印、下にはロッテリア、さらにその下にはお好み焼き。ロッテリアの上にはピッタットハウス。
雪印の上と横には、ピップフジモト。
そして、グリコ、その下に居酒屋の酔虎伝の看板。
グリコの横は日商工エステムとかいおう不動産屋さんの看板、その下に風邪薬の改源。
そして、その下が歯医者さんとCHINTAIんも看板になっている。
ところが、25年前の写真を見ると、(写真2枚目と3枚目)
まず、橋があの懐かしい戎橋のまま。
雪印の看板も全部は写ってはいないが、模様が違うのがわかる。もちろん、グリコの模様も違う。
雪印の横にはカルビーポテトチップス。(上は写っていないので不明)
そして下には「道頓堀観光ビル」と描かれている。
その下にロッテリア。この昔のヤギさんのマークも懐かしい!
その下は不鮮明なのだが、サラ金の看板のようだ。あとは不明・・・
グリコの隣はサクラカラー、Konica、そしてやはり改源。その下が白浜温泉の白浜御苑、
そして喫茶ニューボアー。ここにも、あの歯医者さんの看板があった。同じ戸室歯科だ。
milkshakeさんの疑問は解決されてはいないのだが、写真からこれだけの違いはわかった。
これだから、記録を撮るということが大事なのかもしれない。
もっとも、アタシの写真を撮ると言う行為は、あくまでも記録のためなのだが・・・









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