


最初に訪れたのは壬生にある新選組の屯所だった八木邸だった。
ここは現在和菓子屋さんを営んでいらっしゃるのだが、この新選組の屯所だった場所を
一般公開している。
入館料として1000円を払い長屋門(写真1枚目)をくぐるとすぐに母屋がある。
ここでいただいたパンフレットによれば、江戸時代の文化年間の建築物だそうな。
そのためか鴨居の位置が異常に低い。
168cm以上の身長の人は注意しないと頭をぶつけてしまう。
江戸時代の人の平均身長がかなり低かったということをものの本では読んだのだが、
現代の日本人の体格を幕末当時の日本人の体格とどのくらいの差があるのだろうか?
調べてみたら長い日本人の歴史のなかで、もっとも平均身長が低かった時期は
幕末から明治にかけてだそうで男性で155.5cm。
逆に縄文時代あたりは160cmあったそうな。
ここは、長屋門から先は一切撮影禁止。残念。
だが、入るとすでに数人の観光客がガイドさんの説明を受けている。
ガイドさんは目ざとくアタシたちを見つけると「最初から説明しますので、それまで適当に
見ていてください。」と言う。
中途半端に途中から説明を聞くよりは始めから説明をされた方が良いのでそれに従う。
しばらくして、ガイドさんが呼びにきたので母屋の入り口の近くの部屋に行く。
ガイドさんの説明はとてもわかりやすく、恐らく新選組を知らない(全く知らない人はいないと
思うのだが・・・)人にもわかるようにゆっくり、はっきりと時代背景なども細かく説明して
くださるので聞き入ってしまった。おもしろい。
母屋の入り口のところにある部屋では、芹沢鴨が暗殺された部屋があり、そこで説明を聞く。
暗殺当夜のことをとても細かく説明してくれる。
なぜ、そんなにくわしいのかも教えてくださった。
この八木邸のお子様が暗殺当夜、すぐ近くの部屋で寝ていたそうな。
そのためにかなり細かいことまで記憶していらっしゃったそうなのだが、このことは
お歳を召されてるまで誰にも話したことはなかったそうな。
もっとも、戦前は佐幕派に良い風は吹いていなかったはずだから。
隣の部屋の鴨居には、その時の刀傷がまだ生々しく残っていた。
見学できる部屋は限られている。まだ、ここには八木家の方がたが住んでいらっしゃるから。
三部屋くらいしか公開していないのだが、このガイドさんの説明がすばらしい。
学校の歴史の先生もこのガイドさんのような説明の仕方で教えてくれていたら、もっと歴史が
好きになっていたかもしれないと思ったくらいだ。
長屋門を出ると、抹茶と屯所餅のサービスを受ける。
八木家は京都鶴屋さんという屋号で御菓子司を営まれている。
壬生でとれた壬生菜を刻んで餅の中に入れたお餅が屯所餅だ。(写真2枚目)
お腹が空いていたのでほとんど一口で食べてしまった。柔らかくでおいしい。
当初、お茶代と思えば1000円は仕方ないか?とも思っていたのだがとんでもない。
あのガイドさんの説明で帰る時は、このお茶と餅菓子付きの1000円はむしろ安いのでは
ないかと思えるくらいの満足感だった。
参加メンバー全員が八木邸を出た瞬間、思わず「すごく良かった~」と口に出したのは
言うまでもない。
続きは次回に・・・・









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