須磨から電車で舞子公園に移動。
駅のすぐ近くの舞子ホテルに行ってみた。
ここは、設計・施工 不詳。 煉瓦造2階建て。
大正4年(1915年)築の説と、大正8年(1915年)築の説がある。
日下部汽船(株)の社長の別荘だったところだ。
明治40年に日下部久太郎氏が日下部合資会社を設立し、海運業を始めた。
その後、大正6年に神戸に移り、日下部汽船(株)を作った。
それらから、推測すると大正8年築が正しいのではないだろうか・・・
当初は、日下部久太郎氏の別荘だったが、昭和17年(1942年)頃から
ホテル営業になりGHQにも接収されて、昭和38年(1963年)から山陽電鉄が経営している。
現在は、大正ロマン風の結婚式を挙げられるホテルとして活躍している。
最初、内部の見学を申し込んだのだが予約が入っているとのことで断られてしまった。
仕方なく、外からだけの見学に切り替えた。
玄関のステンドグラス(写真2枚目、3枚目)は色の濃いガラス。
玄関の上のステンドグラス(写真4枚目、5枚目)は、昼と夜のふくろうと、薪のモチーフ。
確かにこの日はお客さんがたくさんいたようだった。
続きはまた次回の更新時に・・・・
駅のすぐ近くの舞子ホテルに行ってみた。
ここは、設計・施工 不詳。 煉瓦造2階建て。
大正4年(1915年)築の説と、大正8年(1915年)築の説がある。
日下部汽船(株)の社長の別荘だったところだ。
明治40年に日下部久太郎氏が日下部合資会社を設立し、海運業を始めた。
その後、大正6年に神戸に移り、日下部汽船(株)を作った。
それらから、推測すると大正8年築が正しいのではないだろうか・・・
当初は、日下部久太郎氏の別荘だったが、昭和17年(1942年)頃から
ホテル営業になりGHQにも接収されて、昭和38年(1963年)から山陽電鉄が経営している。
現在は、大正ロマン風の結婚式を挙げられるホテルとして活躍している。
最初、内部の見学を申し込んだのだが予約が入っているとのことで断られてしまった。
仕方なく、外からだけの見学に切り替えた。
玄関のステンドグラス(写真2枚目、3枚目)は色の濃いガラス。
玄関の上のステンドグラス(写真4枚目、5枚目)は、昼と夜のふくろうと、薪のモチーフ。
確かにこの日はお客さんがたくさんいたようだった。
続きはまた次回の更新時に・・・・
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