munyuchan

むにゅ’sのぉと

10年以上続けたヤフーブログから引越してきました。 路上観察、近代建築などがメインのブログです。 ライブドアではまだまだ戸惑うことが多いですが、よろしくお願いします。

2010年01月

19 1月

白バラ牛乳の箱

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パパさん(http://blogs.yahoo.co.jp/sarypapa_51)から携帯に写メールをいただいた。

写メールは2つあって、1つは神戸の生活展の会場で見つけたもの。

これは、昭和の初めから平成になるまで営業されていた野洲の牛乳会社の箱。

そして、もう1つは塚口で見つけた『白ばら牛乳』の牛乳箱。

パパさんは、『塚口の民家のとこ。まだ新しいけど。』と言う写メールをくださったが、

実はこの箱、新しくはない。

現在の白バラ牛乳の箱は蓋が黄色のプラスチックの箱になっており、木の箱はもうない。

その上、アタシがこれまで採集した木の箱にはなかったタイプの箱だ。

プラスチック箱は形や大きさにわずかな差がある程度なのだが、

木の箱は「白い箱に青い文字」の箱と「黄色い箱に赤い文字」の箱があるようだ。

どちらが古いのかはわからないが、なんとなく白い箱の方が古いような気がしなくもない。

ただ、個人的には「鳥取大山」と大きく書いてある箱は見たことがなかったので

この画像は大変嬉しい。

「牛乳箱」の書庫の「白バラ牛乳の箱」の記事をトラックバックしておくので

参照していただければと思う。

パパさん、ありがとう!
18 1月

五龍閣カフェ(旧松風嘉定氏邸)

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昨年の11月末にカフェとしてオープンしている五龍閣カフェ。

カフェになるまでは、「清水 順正」という有名な湯豆腐のお店だった。

もともとは、松風嘉定(しょうふう かじょう)氏の邸宅の洋館部分。

松風嘉定氏は、代々その名前を襲名するようで、これを建てたのは、三代目の嘉定氏だそうな。

清水焼の焼き物技術を応用して、入れ歯などの歯科材料で有名な会社だ。

設計は武田五一氏。 施工は不明。大正10年(1921年)頃の築。

和館と洋館があったそうで、和館の方は大正3年(1914年)に建てられているのだが

そちらの建物の方は現存しておらず、後から建った洋館部分が

最近補修され、現在では喫茶店になっている。

写真3枚目は、お店の奥にある喫煙席を建物の横から撮ったのだが、

喫煙席はステンドグラスで飾られた場所で、禁煙席よりもむしろ良いような気がする。
(スモーカーで良かった・・・)

きちんと申し出れば、店内の撮影や見学もさせていただけるのだが、

見学は2階までとなっている。

が!たまたま、行った日に2階で出会った恐らくこちらのお店の偉い方だと思うのだが、

これから3階で会議があるから、見たいのなら一緒に来なさいとおっしゃっていただき、

ずうずうしくも、3階のお部屋も見せていただいた。

湯豆腐のお店だった時代は、3階でも食事できたのだそうだが現在では

客席としては使っていないようだ。

写真7枚目は2階の大部屋。 以前は宴会場だったのだろう。

現在では1階部分のみ通常のカフェ営業のようだが、お向かいに湯豆腐部門のお店があるので

もしかしたら団体さんが入りきれない場合、こちらの2階を使うのではないだろうか?

格天井の座敷にマントルピースのある大部屋には、机が並べられその上にはコンロが置いてあった。

やはり、湯豆腐のためのコンロなのだろう・・・

青森県の学校名が書いた札が置いてあったので、修学旅行で使ったのだろうか?

この大部屋の外は、キッチンの荷物置き場のようになっているのだが

ちょっとしたミニサンルーム風になっており、美しい建具の外には隣家の紅葉が映えて

非常に美しかった。

2階には大部屋と救護室があり、救護室からの見晴らしも良い。

トイレは、女子トイレのみステンドグラスが使われていた。

もしかしたら、男子トイレの方は、のちにこの五龍閣(順正)が買い取った時点で

飲食店にするために新しく作ったのかもしれない。

小部屋をトイレに改造したのであれば、男子トイレの窓だけがステンドグラスでなくとも

おかしくはないと思う。

3階は天井に軽い傷みは見られたが、さほどひどくもなく使用できそうなのだが

客席として使うことはなく、会議などで使うための部屋のようだ。

以前は湯豆腐のお店だったので、夏場など利用しづらかったが、

カフェになり、京野菜をふんだんに使ったハンバーグランチやカレーなども手ごろな

お値段でいただけるので嬉しい限りだ。

ただ、どうしても写真を撮るとなると他に利用客の方々もいらっしゃるので

その辺のタイミングなどが難しいかもしれないが、アタシが行った時は比較的空いていて

しかも、3階まで見せていただけたのは大変ラッキーだった。

ちなみに、この建物は3代目松風嘉定氏のお孫さんの代まで住まわれ、

その後、他の所有者を経て、約30年ほど前に『順正』が買い取ったとのことだ。
17 1月

第46回 活動報告 旧甲子園ホテル その2

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写真1枚目は中2階にある、カードルーム(遊戯室)。

この部屋は、窓以外を全面改修しているそうな。

ちょうど、5年前だったか?

初めてここに来た頃はこの部屋を補修中だったのだが、全体的にはそんなには変わっていない。

2枚目の写真がその時、平成17年(2005年)の写真だ。

この遊戯室の外側のガラス越に撮影したのだが、基本的には全くと言って良いほど変わっていない。

しいていえば、照明器具がついたことぐらいだろうか?

このガラスにも水滴の模様が入っているが、これは大学側が貼ったシールであって

エッチングの模様ではないそうな。

3枚目~5枚目は屋上。

ここにも、水滴のモチーフがふんだんに使われている。

ボーダータイルやテラコッタ以外の部分は、兵庫県の高砂付近で産出される「竜山石」を使用。

6枚目の写真の端に見える、丸窓の部屋は「スキヤキルーム」だそうな。

外国人宿泊客を招いて、この部屋でスキヤキパーティを行ったようだ。

なんでも、京都の三島牛を使った高級すき焼きだったらしい。

今はここは自由見学が不可だが、以前は自由見学ができた。

その当時、この和室を見たことがあったが、ごく普通の和室だった。

この5年の間に4回ほど、ここに通い撮りためた写真があったのだが、

パソコンの不具合でデータがすべて消失してしまったこともあり、

銀塩カメラで撮った写真しか手元に残ってはいない。

実は消失したデータの中にこの和室の画像もあったのだが、

アタシの記憶では『狭い普通のお座敷』といった感じの部屋だった。

自分が好きな事に関しての記憶力だけは、自信があるので断言できる。

屋根の瓦も織部色のオリジナルの瓦で、水滴を表現している。(写真8枚目)

写真9枚目にあるのは、『ルーフドレイン』。

下側の水滴のモチーフのある部分が雨どいの代わりになっており、

直接雨水が流れるようになっており、この写真に写っている白い雨樋は後年つけられているそうな。

10枚目の屋根の飾りも、『打出の小槌』と『水滴』になっている。

写真が増えてしまったので、続きは次回の更新時に・・・



★2枚目の写真のみ、平成17年(2005年)に撮影したもの。






 
16 1月

犬様 in 尼崎 その2

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尼崎の住宅街で寝そべっていらっしゃった犬様。

洋服を着てらっしゃったのだが、どうも、人間用のシャツを着せているように見える。

体躯の大きい犬様なので、人間様用のシャツを着せて背中で絞って大きさを調整しているようだ。

この犬様もおっとりとした感じの犬様だった・・・
15 1月

おばちゃんズの壮大な計画 part1 

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quokkaさん(http://blogs.yahoo.co.jp/quokkaquoll)と昨年から計画していた、

「おばちゃんズの壮大な計画・第一弾」を先日、決行してきた。

広島に上下町という街があり、そこへ行ってみたいのだという話しをquokkaさんにしたのは

去年の春だったか??夏だったか??

この冬に一緒に行こう!ということになり、兵庫県に住むアタシが岡山県に住むquokkaさんと

広島県の福山に呼び出しお茶を飲んで少し打ち合わせたあとに、

18切符のシーズンを待っての街歩きということになった。


どこが、「壮大な計画」なのか?

実は、アタシの住んでいる場所から上下まではかなりの距離だ。

しかも、列車の本数、アクセスともに悪く、始発の新幹線を途中で利用しても

福山駅で乗り換え時間が5分しかないことがわかっていた。

広島県内をウロウロしていたので予め、福山駅で下車し駅員さんに

新幹線で降りて在来線の福塩線に5分で乗り換えできるか?などの確認をしていたところ

たまたま、quokkaさんが福山方面に用事があってこれからいらっしゃるというので

ついでに時間をいただいてちょっだけお茶をした。

当日は、福塩線のホームで待ち合わせなのだが、先にホームについた方が電車の扉が

閉まらないように足で押さえておこう!というとんでもない、おばちゃんならではの計画だった。

で、ないと府中からの次の電車は4時間後なので、乗り遅れは絶対に避けないといけない。

福塩線は広島の福山から府中、そこから気動車(ディーゼル)に乗り換え三次まで運行している。

今考えると冬場や夏場のローカル線の始発駅に停車中の車両は

「冷暖房を逃がさないために、自分で扉を開けて車両に乗り込む」ので

足で扉を・・・などということはできっこなかったのだ・・・


当日は滋賀方面が雪で新幹線にも多少の影響があったのだが、なんとか定刻通りに福山駅へ。

quokkaさんの乗り継ぎも3分しかない。

彼女は前日、福山駅で実際に何分で乗り継ぎができるか試してみたそうで、

在来線同士の乗り換えでも3分なら小走りでも大丈夫、

新幹線でも5分あれば余裕だろうということを連絡もらっていた。

アタシは18切符で姫路まで行き、そこから新幹線で福山へ。

そこからはまた18切符を使って上下まで行くことにしていた。

福山の福塩線の階段でquokkaさんと合流し、車内へ乗り込む。

通学の学生さんたちで府中までは、にぎわっていた車内だったが、

府中で気動車(ディーゼル)に乗り換えてからは乗客もぐっと減るのだが、

7人ほどは乗っていただろうか?

中には「鉄」の香りのする乗客もいらっしゃったが、そう、quokkaさんも鉄子だった。

運転席の方まで行き写真を撮ったり、車窓から撮ったり・・・

途中の山のトンネルを抜けるとまさに雪景色で思わず、その美しさに2人して感動。

しかし、おばちゃん2号のアタシはquokkaさんから支給されたパンを車内で食べるばかりで

車中からの写真は1枚も撮っていない。

おばちゃんは、電車の扉を足で押さえたりするのも、車掌さんにちょっともう1人くるから待ってて!

と、頼むのも、電車の中で朝食のパンを食べたり、おやつを食べたりするのも、

写真を撮ったりするのもち~っとも、恥ずかしくない。

朝の暗いうちに家を出てから、約3時間後に上下駅についた。

福塩線最高地点だそうで、標高約380mだそうな。

分水嶺になっているので、上下という名前がついたようだ。

写真3枚目は街のあちこちで見かけた暖簾なのだが、上下という字をモチーフにしている。

分水嶺というのも、4枚目の写真の図柄で理解できるのではないだろうか?

漢字というものは、実に良くできた物であると実感せざるを得ない。

石見銀山の銀の街道だった街でもあるのだが、歴史文化資料館の方に伺ったところ

両替商が30軒もあった街だそうで、その繁栄ぶりがよくわかる。

この小さな街に30軒と言ったら、異常な数の多さといえよう。

そして、ここでも出会う人たちのほとんどにどこから来たのか?と質問される。

細かく説明するのが面倒なので、姫路と岡山と答えておいたが、

出会った方々は皆さん、良い方ばかりで本当に親切にいろいろと教えていただいた。

いろいろなお宝を見せていただいて、お話をさせていただいたお菓子屋さんで

買い求めた、名物の洋酒ケーキもおいしかった。

カステラに洋酒風味のシロップをたっぷり含ませたお菓子だが、

アルコールは、入っていないようで人気商品だそうな。

午前中に伺った時には商品がまだ到着していなかったが、

午後再訪すると入荷していたので自宅のみやげに購入。

重たくないお菓子で、おいしかった。

quokkaさんとの「おばちゃんズの壮大な計画」はもう1つあって、

それはまた春の18切符のシーズンに決行する予定でいるが、

いったいどこが壮大な計画なのか、おばちゃん2号のアタシにもよくわからない。

だが、quokkaさんも出逢った方々との会話を大事にされる方なので

次の計画も楽しみにしている。

帰りは、福塩線と山陽本線を乗り継いで18切符を使って約5時間半かけて帰宅。

寒かったけれど、楽しい1日だった。
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