
建物データは不詳だが、この建物に描かれている名前は、
井原笠岡軽便鉄道の創立発起人の1人と同じ名前だった。
井原笠岡軽便鉄道は、大正4年(1915年)に井笠鉄道と改称し、
その後、昭和46年(1971年)に鉄道から撤退。
現在ではバスのみの運行となっているのだが、
残念なことに井笠鉄道(株)では、現在では鉄道時代の歴史を
あまり社員にも伝えていないようだった。
近くに、鉄道記念館もあるのだが、こちらも昔の車両の展示だけで
沿革などの説明資料はないそうだ。
笠岡市役所で調べたところ、井笠鉄道の発起人の1人が
この関藤謙冶氏に間違いないということがわかった。
設立当時60人くらいいた発起人の1人だそうなのだが、
この方、すごい人物で他にも数々の事業の発起人でもある。
この建物の周辺には、この方がかかわった会社の建物が建ち並んでいる。
どうも、ただの煉瓦土管屋さんではなかった方らしい・・・
今回、調べるに当たって市役所の方には大変お世話になった。
この場を借りてお礼を申し述べたい。









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