
天部(てんぶ)たちでガードマン的な役割を果たしているという。
これらの天部たちは、みな、天邪鬼を踏みつけてその上にいるそうな。
写真1枚目にもある通り、東が持国天、西が広目天、南が増長天、
北が多門天に囲まれている。四天王についてはウィキペディアなどで
検索していただければ、だいたのことがわかると思うのであえて書かない。
方角を守るというと、南大門にある仁王像は、阿吽の像だが、
それぞれが赤と黒に彩色されている。
この色は中国の四神に関連していて、赤→朱雀→南、黒→玄武→北
につながっているそうな。
四つの色は方角だけでなく、季節をも現している。
ちなみに、
東は、青で青龍。季節は春。だから、青春というそうだ。
西は、白で百白虎。季節は秋。 白秋。
南は、赤(朱)で朱雀。 季節は夏。朱夏の夏。
北は、黒で玄武。季節は冬。玄冬の冬。
四天王の顔も彩色によって分かれているとのことだ。
飛鳥の仏像の特徴は、◎アルカイックスマイル
◎銀杏のような目
◎無表情
◎直立不動
◎扁平的
◎体に比べて、顔や手が大きい
ことだそうな。
そして飛鳥時代に限らず、一般的に仏像の手によってその仏像が
何なのかがわかるそうな。
それは、結んでいる「印」にもよるし、
手の上に何が乗っているかによっても違ってくるそうな。
特に「印」に関しては仏像などが製作された時代によっても違うそうな。
法隆寺においてはイレギュラーのため、
釈迦如来(現世)・阿弥陀如来(来世)・薬師如来(医者)の
セットになっているそうなのだが、通常は釈迦三尊として
文殊菩薩と普賢菩薩を脇侍としているそうだ。
奈良時代までは、国家安泰のための仏教で願いをかなえるための
仏教、仏像ではなかったそうな。
そして、仏像というのは、32相、80手功を備えて初めて仏像と
いえる物になるとのこと。
更に曼網相という水かきのようなものもあるそうな。
優先順位ではないが、位で順番にわけ簡単な特徴を書き出すと
’〕茵瞥隋△發靴は布のみをまとう)
∧郢А淵▲セサリーをつけている)
L晴
づ敬堯陛啓抖瓦鯑Г澆弔韻討い襦
そして、,稜〕茲鉢△諒郢Г里澆、蓮華座というものの上にいる。
愛染明王だけが例外で、この蓮華座の上に鎮座しているそうな。
法隆寺だけでなく、一般的に年代によって宗派などがなく、
従って大日如来がない時代もあったそうな。
そして、元々は「お布施」はお金や食物ばどではなく、
布を施したそうなのだが、そこから、,稜〕菫釮布を身にまとっている
ことになってきているこのことだ。(だから、お布施・・・)
それらの説明をA先生から受けて、講堂やその奥へと仏像を拝観しに行く。
あとから大勢の観光客が来るのだが、ガイドさんの説明もいたって簡単で
そのまま流れ作業的に仏像を見て次へと移動。
今までのアタシのお寺の見方と変わらない・・・・
やはり、A先生にお願いしてよかったと思う。
もはや、A先生の説明はガイドの域を大きく超えて授業の域をも超えている。
それほどまでに、1つの事柄から枝分かれするかのごとくさまざまな
知識が洪水のように頭に流れ込んでくるのだが、
悲しいかな、アタシの頭ではノートに書きとって覚える能力しかない。
従って、シャワーのように浴びせられた知識の大半は
そのまま流れ去ってしまって、すでにアタシの頭からは消えてしまった・・・
仏像の写真は基本的にはどこのお寺でも撮影禁止なのだが、
写真を撮ることが不敬にあたってもいけないので、
たとえ撮影可能な場所であっても、カメラを向けることはしないつもりだ。
そのため、今回は写真の数が極端に少ないがご理解いただきたい。
仏像に関して、A先生から教えていただいたことは書き留めたノートを
読み返しながら、忘備録的にここに記しておくことにする。
次回は、飛鳥時代から後の法隆寺について記する予定なので、
写真は数枚アップできると思う。









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