






1階は撮影自由なのだが、2階は見学に予約は必要な上に撮影禁止。
写真1枚目の奥に家紋を入った暖簾が飾ってあるのだが、見えるだろうか?
1枚目の出入り口の上の窓の裏側が、写真2枚目、3枚目。
3年前の活動報告にも書いたが、黒い格子は太夫が髪につける櫛をイメージしたもの。
4枚目にもあるように、帳場の前で刀を預けてからあがったようだ。
現金会計ではなく、すべてつけ払い。 今でも、お座敷遊びなどはこのシステムだ。
観光用や一般向けの体験コースのような物以外は、すべて「信用」において「売り掛け」だ。
知らない客に「売り掛け」はできないのは当たり前だからだ。
(最近の東京などはよほどの古い客以外は現金商売だ。
特に東京は、地方から来た人間がほとんどなので売り掛けはないだろう。
代々住み続けている土地っ子のような客は、店側とも何代にも渡っての付き合いなので
未だに売り掛けをしているのだが、このご時世でほとんどが現金払いになっている。
アタシの記憶ではバブルの時に、東京の下町の「遊び」では今までのシステムが崩壊している。
あの頃はいろんな人間が「遊び」に来ていたからだ。お金が余っていたからではない。
本当の意味での「クレジット」のシステムがこの日本にもちゃんとあったのだ。)
昭和40年代前半までは、一般の家庭と小売店の会計も同様だった。
「帳面」に「つけ」て、決まった集金日などにまとめて払う。
「ノート」ではなく、あくまでも「帳面」だ。
アタシが生まれ育った下町では、よく「帳面が溜まってしまった・・・」などという会話が
銭湯などでもよく耳に入ってきていた・・・
なぜ、「帳場」いう言葉があるのか?これらの話で想像できるだろう。
写真5枚目以降は「網代の間」。二十八畳もある大広間。
6枚目の写真でもわかるように、天井が「網代」だからだ。
ちょっと中途半端だが、写真がかなり多くなってしまったので続きは次回更新時に・・・
3年前の記事となるべく重複しないような内容にしてはいるので、
ぜひ、過去記事もご拝読いただければと思う。
(太夫の櫛の窓の話は重複しているが・・・)
角屋の過去記事
↓
http://blogs.yahoo.co.jp/munyuchan2002/35827811.html
http://blogs.yahoo.co.jp/munyuchan2002/35869124.html









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