中離宮の表門を入ると、楽只軒(らくしけん)がある。


網干の欄干と呼ばれるように
高欄には、「網干」のデザイン。
それに伴うように、高欄についている金具も、水の流れをモチーフにしているようだ。
たいてい、このような場所の金具は菊のご紋とか、花菱のご紋の金具なのだが、
さすがに「網干」に対するモチーフは「水」で細部までのこだわりが感じられる。
もともとは、この中離宮は林丘寺所有だったものが明治になってから
宮内庁へ返還されたとなっているのだが、この林丘寺の開基が御水尾天皇の
第八皇女となっているので、『返還』という形をとったのだろう。


網干の欄干を過ぎて建物の客殿に回ると
『網干』からの連想なのか?
杉戸の裏と表に鯉と鮒の絵が描いてあり、上から網がかかっている。
この杉戸は、恐らく「遊び心」の1つとして網干の欄干に引っ掛けて
わざとモチィーフとして描かれたのだと思う。
霞棚と呼ばれる客殿は豪華な造りで、祇園祭りの山鉾の絵の描いてある
杉戸も反対の奥の方にあった。



霞棚と呼ばれる違い棚も美しく、
棚の下の地袋の引き手も羽子板の形で
もしかしたら七宝ではないだろうか?
遠すぎてよくわからないのだが・・・
アタシのコンデジではこれ以上のズームも効かないのでよく見えない。
棚の長押の釘隠しも御所車のような感じだったのだが、やはり遠すぎて見えず・・・
まぁ、「よく見たらすばらしい細工の釘隠しだった」と言うのが良いのであって
何でもかんでもこれこれ見よがしに見せるのが良いとは思わないので
これはこれで納得するしかないだろう。
違い棚の写真は柱が邪魔なのだが、実はこの場所の写真、
鮮明に写っている写真が実はこれしかないので、このままアップした。
修学院離宮は予約時間の指定ができないので、その日の天候や太陽の位置で
西日が強すぎてうまく撮れないので、去年訪問した時の写真を探しても
まともなものがなかったので、このまま柱が邪魔なのだが使うことにした。



杉戸に描かれた祇園の山鉾の絵は、
住吉具慶作と言われているのだが、
もう1つの杉戸の鯉、鮒の方の作者は
不詳だそうな。
ただ、魚の上からかかる網の絵は
円山応挙の筆と言われているそうな。
だが、この網は絵なのだろうか??
実は、この網、ところどころに「破れ」があり
そのために本物の網をかけてあるのだと
思っていたのだが、これは本物ではなく
『絵』だそうだ。
この中離宮を出て今度は、上離宮へと移動するのだが、
続きは次回にまわしたい。
また、写真の一部は昨年度の訪問時に撮影した写真を使用していることを
ご了承願いたい。









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