長浜鉄道スクエアのあとは、すぐお向かいの慶雲館へ。
ここは、「盆梅展」でよく知られている。
明治20年(1887年)に竣工した総檜造の2階建ての書院風建築だ。
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明治天皇夫妻が京都訪問の折に
長浜での鉄道乗り換えの時間の
休憩場所として浅見又蔵氏が
私財を投げ打って作ったそうな。
わずか3ヶ月の突貫工事だった。
完成は天皇ご夫妻が到着する
当日の朝だったということだ。
わずか、数時間の滞在のためだけに建てられた建物なのだが、
100年以上もここに建っている。
費用を出した浅見又蔵氏は長浜の豪商で、当時の財を成した方たち同様、
教育や福祉などに多大な貢献をなさったそうな。
小学校、銀行の設立や鉄道の敷設をなさったりしたそうだ。
この浅見又蔵氏の二代目のお方が明治天皇の行幸25周年を記念して
大正元年(1912年)に、小川冶兵衛氏作庭の庭を造営。イメージ 10
 
2階には、明治天皇御夫妻の
玉座があり、1階とは異なる
菊のご紋の釘隠しや襖の引き手が
つけられている。
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照明も当時のままだそうで、
梅のマークがかわいい。
これにちなんで、ここで「盆梅展」が行われているのだろうか??
 
この慶雲館でゆっくりした後、素敵な建物を横目で見ながら黒壁スクエアへ移動。
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長浜タワービル。
何故かBILLになってはいるが
そこは深くは追求してはいけない。
そう、いけないのだ。このBUILDINGではなく、BILLという表記が「味」なのだ。
ここは、現在は1階に店舗は入っているだけで2階から上へは上がれない。
昭和39年(1964年)に地元の方が東京タワーを意識して作られたそうで
以前は有料展望台だった時代もあったそうだ。
こちらに関しては、朝日新聞にも掲載されているので参照していただければ
もっと詳しい取材による話が掲載されている。
 
この向かいに建つのは、旧長浜開知学校の建物。
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明治7年(1874年)築。
平成12年(2000年)修復。
塔屋付の木造3階建。
設計も施工も不明。
建築当初の建設費3700円のうち
3200円が長浜市民の寄付に
よるものだそうだ。
これは、すごいことだと思う。
当時の日本人は本当に教育と
いうものの必要性を感じていたから
一般市民たちが、お金を出し合って学校を建てていた。
そういう時代がわが国にあったということは誠に誇らしい。
お金の使い方を知っている、学校に行かなくとも、真の教養や素養を
持ち合わせていた人が多かったのだろう。
昭和12年(1937年)にこの場所に移築された際に塔屋などが撤去され
外観が大きく変貌したらしいのだが、10年前の修復作業では原型に忠実に
修復を行ったそうだ。
木造なのだが、外壁は白漆喰で仕上げてあるそうな。
 
ちょっと、写真が多くなってしまったので、続きは次回に・・・・