昭和34年(1959年)頃、戦後のベビーブームで小学校の教室不足の時期があり、
大和ハウス工業の創業者は神戸市教育委員会に相談を受け、
仮設教室を開発したそうな。 
それをきっかけに短時間で安価に建てることができる勉強部屋を個人の家にもと
更に研究を重ね「3時間で建つ11万円の家」というキャッチフレーズでデパートでも
販売されるようになったそうだ。
当時大人気だったオート三輪「ミゼット」にちなみ「ミゼットハウス」と名づけられた。
今のプレハブ住宅の原点だそうだ。
復元されたものだが「ミゼットハウス」がこの敷地内に建っている。
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昭和36年(1961年)頃羽室家の次にここに住んだお宅のお子さんの
勉強部屋にと建てられたものを大和ハウス工業の全面的協力のもとに
時の材料などを極力使用し復元されたものだそうだ。
軽量鉄骨を使い、屋根と壁に断熱材を入れているので
住み心地に配慮しているそうだが、少なくともアタシが現在住んでいる家よりも
はるかに快適なはずだ。(そのくらい断熱材の効果は大きいのだ。)
当時の11万円、給料の5~6ヶ月分くらいだろうか??
個人的には、旧羽室家住宅よりもむしろこのプレハブ住宅の復元を
見ることができた方のがよかった。
そして、この羽室家を後にして阪急電車に乗り「三国」で街歩きをした。
三国は結構古い雰囲気の残る街だ。
駅周辺はビルばかりなのだが、ちょっと裏手に行くと懐かしいような気分になる。
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屋根の向こうにはビルが見えるが、
この街の空は高い。
今でいうところのテラスドハウス風??に
建ち並んだ平屋建ての家ばかりなのだが
実はこれ、東京にはかなり少ない。
かつての「多摩郡」「豊島郡」と呼ばれた
地域にはあっただろうが、
東京の中心部(旧江戸地区)にはない。
武蔵野方面がどのあたりなのか??
調べればすぐにわかることなのだが、昔の東京と今の東京は大幅に違う。
イメージ 5イメージ 6スクラッチタイルが
モルタルに埋め込まれたかつての門らしき部分?
かなり磨耗はしているが
戦前の大阪市の下水の蓋がまだ残っている。
このタイプの蓋は
昔昔の下水の蓋で、
今でも大阪の谷町周辺などの古い街にまだいくつか
残されているが、早くからここの下水処理が施されていた
というのが、この蓋からも伺える。
イメージ 7イメージ 8三国温泉(銭湯)やかつて
街中でよく見かけた、
「でんわ  でんぽう」の
看板などを見て懐かしいね
などと話しながらしばらく
探検気分で散策をした。
 
1人のメンバーが、「この地区だけ別世界。
間違いなく数年後にはビルに飲まれて
再開発でなくなりそうな気がする・・・」と言っていた。
アタシもなんだかそんな気がする。