第9番 

五重塔や 仁王門
水族館よ 花やしき
おどり玉の珍世界
奥山あたりの にぎやかさ

雷門をくぐってすぐに宝蔵門。
別名、仁王門。
そこの左には五重塔が見える。
そして、関東大震災あたりまで存在していたという浅草水族館。
明治18年(1885年)に六区にできたものだが、
後年になって作られた浅草公園水族館とは違う。(あれは四区にあった。)
六区のどのあたりにあったのか??
調べ方が足らなくてよくわからなかった。
単純に六区なので今の場外馬券場のあたりだろうか??
その昔、瓢箪池もあったので水の取りいれや排水を考えるとそうだろう。
同じ六区に今でもある「花やしき」。(右写真) 

日本最古の現役ジェットコースーターで 有名でもある。
昔は入場料が無料だったために母と
つっかけ(サンダル)でよく遊びに来た。
今でも、花やしきはディープな遊園地として
賑わっている。
そして「おどり玉の珍世界」は、
現在の場外馬券場の向かいにあった
江川劇場で玉乗りの芸として興行されていたそうだ。
浅草新劇場という白い映画館のあった場所といえば東京の人ならわかるだろうか?
いずれも、十二階(凌雲閣)の真下付近だ。
浅草の奥山は、うまく説明できないが簡単に言ってしまうと、
江戸時代からある浅草の観音様脇の繁華街のような場所。
ネットで検索されてもよいが、実際に行って歩いて遊んでみないと
どういう場所かはよくわからないかもしれないが・・・
奥山といえばアタシはやはり、「木馬館」を思い出す。
現在の木馬館は、大衆演劇館になっておりそれなりに人気もあるのだが、
アタシの年齢だと木馬館は、当然「安来節」だ。
大人になる前に安来節は廃れていたのだが、子供の頃からの邦楽系や
オペラ系が好きな子供だったので記憶に残っている部分も多いのだ。


現在の木馬館周辺だ。
30年位前から大衆演劇が盛んになり、新仲見世などを上演初日の前に
よくチラシを配りながら色んな役者さんたちが練り歩いていらっしゃた。
新仲見世でも3年くらいアルバイトをしてたのでよく覚えている。
江戸時代の奥山ほどの賑わいはもうないだろうが、
それでも一時は火が消えたかのようだった浅草も昨今の下町ブームとやらで
また賑わうようになってきている。
そして、また十番の歌詞にそって歩くことになった・・・・
(注)浅草六区付近の雰囲気は大阪の新世界に非常によく似ていると思う。
位置関係や近辺の環境なども極似している部分が多い。
どこがどうとブログで細かく書いてしまうと、最近はいろいろと
差し障りのあるデリケートなことまで説明しないといけないので
あえて避けることにするが、両方の地域をありきたりの観光や
下町レトロを追い求めるだけの散歩だけではわからない部分が多々ある。









Comment
コメントする