munyuchan

むにゅ’sのぉと

10年以上続けたヤフーブログから引越してきました。 路上観察、近代建築などがメインのブログです。 ライブドアではまだまだ戸惑うことが多いですが、よろしくお願いします。

2012年01月

21 1月

猫様 in 播州赤穂

以前、赤穂市内の徘徊をしていて出会った猫様たち。
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どことなく、うちの「うどん」の目に似ている。
「うどん」もこういう目つきをしている。
 
 
基本的に外で猫様に出会っても、触ったり無理に近寄ったりしないので、
それがわかるのか?猫様は逃げようともせずじ~っとこちらを見ていらした。
 
お腹が大きいのか?それとも太っているのか??よくわからない猫様だった。
 
そして、この猫様の前を通過した時にイメージ 7
向こうから、黒猫様がこちらに向かって歩いてくるのが目に入った。
 
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黒猫というと、我が家の「ギョロちゃん」と同じ。
しかも、顔立ちまで似ている。
 
この黒猫様、アタシを見つけると
トコトコトコとまっしぐらに向かってくる。
 
 
恐ろしいことに「遊んで~」「甘えるの~」「連れて帰って~」攻撃が始まりそうな
予感がいっぱいだったので、この黒猫様から逃げるようにして離れたのだが、
この黒猫様、ずっとアタシの後をついてくる・・・
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アタシが大きな道路に出たら諦めたらしくうらめしそうにこちらを見ていた。
ちょっと、かわいそうな気もしたのだが、
中途半端なことをして連れて帰って
やらないのも酷なので、極力、
外では猫様は離れたところからの
撮影のみに徹している。
幸い、健康そうだし、食事に不自由している様子もない毛づやだった。
そして駅に向かう途中の床屋さんには、お歳を召された感じの
少し長めの毛をされた猫様が「お外見」をされていた。
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どことなく、「羊」とか「山羊」っぽいお目目の
猫様だった。
 
お店がお休みなので、カーテンの裾からガラス戸越しに「お外見」を愉しまれて
いらっしゃったようだ。
 
 
20 1月

旧中国銀行大原支店

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大原町にある旧中国銀行大原支店。
現在は司法書士事務所として
使われている。
昭和5年(1930年)に合併により
中国銀行が発足し、昭和7年(1932年)にここに移転してきたそうな。
実はネットでは、大正~昭和7年築という情報がかなりあふれているようだが、中国銀行の社史によると
 
あくまでも、昭和7年に移転で新築ではないので、それ以前から
この建物があったという見方が正しいのではないだろうか?
恐らく大正建築だと思う。
美作市の職員の方とあれやこれやと頭をひねり、そういう結論に至った。
左側の薄いピンクの建物がそうだ。
昭和7年(1932年)から昭和58年(1983年)まで中国銀行が入居し、
その後、お通工房という飲食店が平成17年(2005年)くらいまで使用し、
現在は司法書士事務所が使っている。
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建物の裏手に回ると2階部分だけが見えた。
実は、このすぐ近くにある、すばらしい町家建築のご商売をされていらっしゃるお宅が、
現在のこの建物の所有者なのだが、
こちらでも築年数、設計者などの仔細はわからないらしい。
 
16 1月

第57回活動報告 友ヶ島再び~その2

明治23年(1890年)起工の第3砲台。
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ピンクで丸印をつけた部分には、平仮名で
「る」と書いてあった。
「る」だけではない。
「いろはにほへと」の頭文字がそれぞれに
書かれていたようだ。
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画像がグリーンがかっているのが棲息掩蔽部。
弾薬庫だ。
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内部は真っ暗。
 
この日は、プロかアマかは定かでないが、カメラマンの方1人とモデルさん1人が
先客でいらしゃっており、どうも、ヌード撮影をされていらっしゃったようだった。
カメラマンの方の「早く向こうに行ってくれ~~」という視線が痛いので
早めにその場を離れることにし、奥の将校宿舎跡へ移動。
以前、訪問した時よりも更に荒れているような感じがしなくもない。
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宿舎の画像は、裏から撮影した。
この宿舎のすぐ向かいには、
かつての発電室がある。
2006年に訪問した時には
なかった「立ち入り禁止」の札のついた木が打ち付けられていた。
 
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あの時、見つけた落書きはまだあるのか?
と、思い探してみたらまだあった。
立ち入り禁止の板を打ち付けるために
縦にはめこんだ板に隠れるように・・・
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この落書きに見送られるようにして、
「探照灯跡」へと進むことにした。
サーチライトで侵入者を見つけるための施設だそうな
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右が探照灯跡。
このすぐ前には
瓦が大量に散乱
しており、建物が
崩壊した名残のような物もあった。
 
 
 
そして、そろそろ帰りの最終の船の時刻が
近づいてきたので山を降りることにした。
 
実際にはまだ時間はあったのだが、
万が一、乗り遅れたらこのまま島で野宿だ。
 
最終便の船で加太に戻り、まだ日が完全には落ちぬうちにと淡嶋神社へと急いだ。
人形供養でも有名で、各地から納められたありとあらゆる人形があちらこちらに
種類別に飾られており、壮観だ。
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雛祭りには、雛供養も行われるので
『顔はめボード』も雛人形だ。
 
 
とにかく、所狭しとばかりに干支の人形から
花嫁人形、天狗の面から瓦から、招き猫から
すべて区分けされてきれいに並べてある。
 
それが、なんともアートっぽくっておもしろい!
もっとゆっくりしたかったのだが、奥の方が
17時で閉まってしまうため、ここを後にして和歌山駅まで車で戻り解散となった。
 
 
 
この淡嶋神社に関しては、ウィキペディアを参照していただければと思う。
そちらの方に、この神社のURLも載っている。
 
淡嶋神社
 ↓
8 1月

活動弁士の活弁鉄道映画「特急三百哩」を観る

子供の頃から映画や芝居、歌舞伎、浪曲、講談、オペラなどが大好きで
東京にいた時分は月に一度は劇場か寄席に足を運び、
2週間に一度は映画を観ていたのだが、
関西の田舎に引っ越してからは映画館や劇場というものからは遠ざかり
もっぱら自宅でDVD鑑賞だけになっていた。
実は若い頃からずっと観たい、観たいと思っていた映画を探しているうちに
『神戸映画資料館』にそのフィルムがあることがわかった。
イメージ 1
それがきっかけで、
神戸映画資料館までは
片道1時間半かかるのだが、
観たい映画を上映する時だけ
足を運ぶことにしている。
数年前から、この神戸映画資料館のミニシアターで戦前の無声映画を活動弁士の方の「活弁」付で
上映する企画があり、
今日も行ってきた。
 
今回の上映は、『特急三百哩』。
 
昭和3年(1928年)日活京都が製作の無声映画。 
この時代にしては珍しく現代映画だ。 
 
ここのミニシアターには大晦日にも行ったばかり。
大晦日は、ハンフリー・ボガードの「孤独な場所で」をダンナと観た。
38人収容のシアターに観客が12人ほどいただろうか?
 
今日は活弁付きの貴重な鉄道映画が上映されるとあって、
映画ファンだけでなく、鉄道ファンも来るだろうと思い
チケットが発売される上映の1時間前に行き、喫茶室で開場を待っていたら
声の大きな男性が隣の席で別の男性と話している。
 
この声の大きな男性が活動弁士の井上さんだった。イメージ 2
今年で74歳になられるので、娘さんの高い声が出ず
おっさんの声で演じるのや~と笑っておられた。
 
資料館内には喫茶店が併設されているのだが、
正直、ここにはマニアックな人ばかり来る。
 
聞き耳を立てずとも、皆さん映画について
かなり深い話をされていらっしゃるのが
耳に入ってくるのだが、弁士の井上さんの
大先輩の活動弁士の方の甥子さんなども
鑑賞に来られていた。
 
この「特急三百哩」という映画、舞台は九州の門司。
だが、撮影は京都の梅小路機関庫だそうだ。
すべて手巻きの撮影で命綱をつけて蒸気機関車の先端から撮った映画だそうな。
 
アタシは鉄道に乗るのも好きなのだが、車両などに関しては全く知識がない。
活動映画が始まる前に井上さんの解説で、
3シリンダーがC型。C型はスピードがあるので客車。
4シリンダーがD型。D型は馬力があるので貨物。
と、教わったのだが、 D型とはもしかして俗に言うデゴイチのDだろうか?
 
なんでも、鉄道研究者によると様々なタイプの蒸気機関車が動く映像が
大変貴重な資料でもあるそうなのだが、
悲しいかな、アタシにはどれも同じに見えてしまう・・・・
 
ただ、蒸気機関車はまさしく「生き物」だということくらいはわかる。
ブレーキ操作のシーンなどでも、自分がブレーキをかけた気分で観ていたくらいだ。
 
当時の鉄道省推奨映画なのだが、鉄道員の恋愛映画という単純なものではなく
かなりしっかりした内容の映画でもあった。
 
が、無声ゆえに活弁がないと面白さは半減だろう。
 
本来なら、活動弁士の横あたりに楽団がいるのだが、
今日は小さなプレイヤーが楽団だと笑いながらの説明で活弁が始まる。
 
1人で何役もの声色を使いながらの熱弁。
 
亡くなった親への思慕のシーンでホロリとし
浮気性の亭主をやりこめる鬼のような妻に爆笑し、
急を知らせる子供が走るシーンにハラハラし、
『風雨の中を 汽笛一声 東京行き特別急行列車は出発進行~~~』
まるで、アタシの浪曲歌謡を聴いているかのようで感動してしまい
最後はハッピーエンドなのだが、感動の涙がとまらなかった。
 
もちろん、音声トラブルなどのアクシデントだって当然ある。
だが、それを感じさせないのが弁士さんの力量。
普通のトーキー映画だったら・・・と、思うとその力量の凄さがよくわかる。
 
関西では唯一の現役の活動弁士さんの活弁を聞きに
いつもは半分も席が埋まらないシアターに今日は補助席が・・・
 
過去に何度かここで活弁映画をやっていたのだが、
スケジュールが合わずに観られなかったので、今日は本当に観られて良かった。
 
 
神戸映画資料館では、8日、9日 13:30から
日活京都(1928年)「特急三百哩」(活弁なし・サイレント)
イギリス映画(1936年)「夜行郵便」(字幕なし)
同盟通信社、鉄道省(1937年)「中支那鉄道 建設の記録」
 
7日しか活動弁士さんの活弁はつかないが、貴重な映像はまだ見られるので
鉄道好きの方、映画好きの方は行かれて見てはいかがだろうか?
弁士さんが付かないので、もうそんなに混まないと思う。
イメージ 3
鉄人28号のいる町に神戸映画資料館はある。
喫茶室にもかなり貴重はキャメラなどが展示
されているが、写真を撮ってよいかどうかは
不明だ。
観るのが目的で、撮るのが目的ではないので
撮るつもりは全くないし、資料館なので、
展示物の撮影は不可かもしれない。
 
昨年の大晦日もこのミニシアターで映画を観て、
新春も活弁映画、しかも鉄道映画を観て、
実は明日もあさっても、しあさっても鉄道の旅を楽しむ予定が詰まっている。
 
今年は、映画と鉄道を愉しむ年になりそうな気がしなくもない。
 
8日は岡山の井原鉄道のワンコインデーなので、
1乗車100円だそうなので、青春18切符を使い岡山の清音まで行き
そこからは1乗車100円で見たい建物や町歩きを愉しんで来るつもりだ。
井原鉄道は結構料金が高いので、1年以上乗車はしていない。
 
 
☆動輪4つが客車だそうな!(弁士さんのお話、何を聞いていたのか??)
 アタシは乗るばっかりで車両などには全く 知識がない故、
 教えてくださった方、ありがとう!
6 1月

本日も元氣 20円で運転中

岡山の商店街で、稼動中のみなしごハッチ。
最初見た時には、
『只今やすみです いたずらしないデ』イメージ 1
と書かれた紙がぶらさがっていた。
 
 
しばらく、街中を徘徊して戻ってみたら
今度は、
『本日も元氣 20円で運転中』
と書いてある面が見えるようにさげてあった。
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元気の気という字が、『氣』になっている。
ご年配の方が書かれたのだろう。        
 
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イメージ 3
 
 
 
 
 
 
 
かなり年代物のみなしごハッチだが、
現在でも立派に稼動するそうな。
 
インクの色こそ褪せてはいるが、
「今日も元氣」「只今やすみです」の一言で
このムーバー遊具が生きている。
 
イメージ 5
 
 
 
 
アタシがここを訪れた日にブログ仲間の
親戚のお子さんがこれに乗って
遊ばれたそうだ。
そう、今日もみなしごハッチは元気、いや
元氣なのだ!
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