munyuchan

むにゅ’sのぉと

10年以上続けたヤフーブログから引越してきました。 路上観察、近代建築などがメインのブログです。 ライブドアではまだまだ戸惑うことが多いですが、よろしくお願いします。

2013年10月

31 10月

第72回活動報告 備前焼き土ひねり体験&日生かきおこ   その1 

青春18切符を使って、岡山県の備前焼き土ひねり体験に行きがてら、
途中の日生で下車してランチに「かきおこ」(牡蠣のお好み焼き)を
食べようという企画を以前におこなった。
サークルのメンバーたちは青春18切符を使ったが、
アタシは住まいから非常に近い場所なので普通乗車券。
 
実は、「かきおこ」は日生駅よりももっと兵庫県寄りの駅で降りると
非常においしいお店があるのだが、そのお店はかなり有名になってしまって
辺鄙な場所にあるにも関わらず、かなりの行列ができるので
お店の数も多い日生で下車することにした。
「牡蠣おこ」を食べる前にアタシが案内したのは、「なにコレ珍百景」でも
放送されたことがある「哲也渡船」。
イメージ 1イメージ 2
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
日生にはよく訪れるので、岸にこちらの船が停泊していることをよく目にする。
この日は停泊していなかったので、釣り客をどこかへ乗せて行っていたのだろう。
「牡蠣おこ」を食べるためにお店を探すのだが、日生は小さいお店ばかり。
こちらは大人数。
そのためにすぐに入店できる大きい店舗を見つけて入ることにした。
こればかりはちょっと失敗だった・・・イメージ 8
普通のお好み焼きに大ぶりの牡蠣を乗せただけ。
アタシがサークルの皆に食べてもらいたかった
「牡蠣おこ」の味ではなかった・・・(残念)
こんなことなら手前で下車してお勧めの店に
案内するか日生で他の店をじっくり探せばよかった。
気を取り直して、ちょっと歩くのだが日生漁港まで行くことにした。
イメージ 9瀬戸内でよく見かける小さなドックを横目に
しばらく歩くと漁港が見えてくる。
イメージ 10
大量のほたて貝の殻。
あちこちにきれいに
重ねられ、積み上げられている。
道端には、その貝に
長い紐を通したものが
置かれていた。
 
 
イメージ 11牡蠣の種付けに使うためのものだろう。
5月くらいになると、牡蠣の種付けがある。
アタシの住まいもここから近く、
牡蠣の養殖が盛んなので同じものをよく見る。
 
日生漁港に来たのは「ある物」を食べるため。
 
「ある物」それは・・・・・
 
イメージ 12イメージ 3
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
牡蠣フライソフト! 
確か、以前は鰆フライソフトもあったような記憶があるのだが
現在は海老フライソフトと牡蠣フライソフト。
普通のソフトクリームもある。
日生漁港の入り口にソフトクリームの売店があったのだが、
同じソフトクリームでもこちらの魚市場の奥のあるソフトクリームのが
安くておいしい。そのせいか? 
市場の入り口にあったソフトクリームの売店は閉店したようだ。
 
もともとここのソフトクリームはおいしいのだが、冷めた牡蠣フライが落ちそうで
先にフライを手でつまんで食べてしまったので、ソフトクリームと一緒に
食べたというよりは、冷たい牡蠣フライとソフトクリームを交互に食べた感じだった。
牡蠣フライは冷めていたのだがとてもおいしくソフトクリームもおいしかった。
が、わざわざ無理にコラボしなくても良いのでは?という感じだった。
ここでソフトクリームはよく食べているのだが、
今まで牡蠣フライソフトは食べたことがなかった。
市場の中で、魚の練り製品を買ったり牡蠣ご飯を買ったりしてから
備前焼き土ひねり体験のため、また電車に乗って「伊部駅」へ移動。
イメージ 4イメージ 5
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
イメージ 6ここの駅舎にも駅前の電話ボックスにも
備前焼きが使われている。
駅から国道沿いにまっすぐ歩いて、
土ひねり体験の予約を入れてある「備州窯」さんへ。
 
イメージ 7
そしていよいよ
「土ひねり」体験なのだが、続きは次回へ。     
 
20 10月

猫様 in 京都

イメージ 1イメージ 2かなり以前に
ブロ友さんと京都で
遊んだ時に出会った
猫様たち。
道の向こうに
点のような猫様!
ズームで撮影。
驚いたのか??
お口を開けて・・・
 
 
イメージ 4イメージ 5そして少し歩いた場所の
停まっていた車の上に
黒猫様がまるで
見返り美人のような
ポーズでこちらを凝視。
 
 
 
 
近寄ったら逃げてしまいそうなので、やはりズームで撮る。
そして、すぐ近くの民家の庇の上にもこの黒猫様の
親戚だか、子供だか兄弟と思われるような黒い猫様が座っていらした。
こちらも当然、ズームで撮るしかない・・・イメージ 6イメージ 3        
庇の上の猫様は
アタシたちが絶対に
近寄れないのが
わかっているらしく カメラ目線で
撮影に応じて
くださった。
かなり雲っていて
暗い日だったのと
無理なズームでの撮影を明るく加工しただけなので
かなり画像は粗いが、出会った猫様たちの記録、否、
記憶なのでご容赦願いたいと思う。                                                                                                                    
 
 
17 10月

顔の郵便受け

イメージ 1和歌山の湯浅で見つけた郵便受け。
なんだか、顔に見えてかわいらしかった。
 
まるで、眉毛だか、前髪がカールして
少し微笑んでいるように見えた。
 
7 10月

8年ぶりの考察~神田の下水??の蓋について(補足あり)

このブログを始めた頃にアップした蓋の記事について8年ぶりに考えてみた。
ブログ仲間の馬明さん(http://blogs.yahoo.co.jp/aqua01242000/35424355.html)の
「岩本町の角蓋」の記事にアタシの過去記事をトラックバックするつもりで
8年前の自分の記事を読み返していた。
偶然だったのだが、別の調べごとをしていてわかったことと自分が書いた
ブログ記事のことが結びついたような気もしたので、
馬明さんには過去記事とこの新しい記事をトラックバックさせていただくことにする。
 
さて、8年前にアップした問題の蓋は、
 
イメージ 1イメージ 2
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
上の画像の蓋なのだが、書いてある文字が「下水」と「榊」に見える文字と「沼」。
馬明さんはこの「榊」に見える文字を「柳」ではないか??
近くには柳原商店街などもあるので、と、考察されていらっしゃる。
 
アタシも「榊」はどうか??
 
実は、この蓋が発見されているのは神田岩本町。
「柳原」というのは、よく時代小説や時代劇などに出てくる場所で
江戸時代から「柳原土手」とアタシたちは呼んでいた。
ただ、イメージ的に江戸時代の盛り場である浅草橋に繋がる道なのだが、
夜は辻斬りとか多かった場所でもあったようだ。
 
神田の人間としてのイメージで言うと、あまり柳原は使わないような感じだ。
むしろ地名として残しているのは浅草橋、鳥越地区の方だ。
町名変更で消えている地名だが、今でも「柳北町会」などと
地元の人間は呼んでいるくらいだ。
 
神田岩本町と浅草橋は非常に近い距離にある。
普通に歩いて行ける距離だし、アタシも普通に歩いて移動している。
 
たまたま別件で調べ物をしていて「浅草榊町」というのがかつて存在したことが
判明した。
 
明治5年(1872年)に第六天榊神社が移転してきたことにより、
「浅草榊町」と言う町名に変更になった場所がある。
現在の柳橋1丁目と浅草橋1丁目だ。
 
その後、昭和3年(1928年)に神社は蔵前へ移転し、昭和9年(1934年)に
「浅草榊町」は「浅草橋1丁目」と町名変更をしている。
 
都内に詳しくない方のために一言申し添えておくと、
スカイツリーの近くの浅草ではなく、戦前の「浅草区」の浅草であって
観音様のある浅草ではない。
江戸時代には浅草よりも浅草橋の方が「お江戸」だった。
浅草は江戸というよりも江戸郊外とのギリギリの境にあたるのだ。
 
「浅草榊町」に話を戻すと、「柳橋1丁目」も「浅草榊町」になる。
 
「榊」と「柳」だ。
 
どうしても神田で「柳うんぬん」と言うよりは浅草橋近辺での「柳」の方が
アタシにはしっくりくる。
神田で柳原と言っても、土手のイメージしかないからだ。
恐らく、明治、大正、昭和のはじめとなると、そのイメージはもっと濃厚だろう。
 
これを浅草橋と考えると、「榊」も「柳」も両方うなずける。
 
もしかして「浅草榊町」の沼のつくお名前の店が作った蓋ではないだろうか??
 
現在よりも少し遡った時代の資料でかったっぱしから「沼」のつく名前の業者を
探してみたのだが、1件も見つからなかった。
 
「榊沼」もしくは「柳沼」は会社名というよりは、「屋号」ではなかろうか?
 
この近辺の人間は今でもお互いを屋号で呼び合うことが多い。
 
あくまでも、アタシ個人の推測の域でしかないのだが、
「浅草榊町」にあった業者ならば、「榊」でも「柳」でもどちらでも正解なのだと思う。
 
昭和9年(1934年)に「浅草榊町」という町名はなくなったが、
屋号として名前は残っていたことだろうと思う。
 
自分の記憶を手繰ってみて柳橋周辺の蓋を思い出してみたのだが、
あの近辺は再開発が繰り返されており、柳橋自体も橋や堤防工事が
行われているので、そんなに古い時代の蓋が残っていなかった記憶がある。
 
たまたま祖父の代からの付き合いのある柳橋の食べ物屋の主にも
電話して聞いてみたのだが、店主もまだ70歳にもならないために
当然、何もわからないとのことだった。
もしかしたら、店主のご母堂だったら何か覚えてらっしゃったかもしれない。
一番最初にブログにアップした頃はまだご存命だったし、
この写真を撮影した当時はアタシもよくその店に行っていたので
その時にこのことに気がついていたら何か伺えたのかもしれぬと思うと
自分の頭の悪さが情けなくなってくる。
 
恐らく、「榊」でも「柳」でも正解だろう。
もう、勝手に決め付けることにした。
もしかしたら、全く違うのかもしれないが突然閃いたことなので、
自分自身の勘を信じこむしかないだろう。
 
そういえば、アタシの実家も社名と屋号は全く違う名前を使っていたが、
近所の人たちや出入り業者の人たちは 皆、屋号で呼んでいた・・・・
 
現在の資料では社名しか載っていないだろうから、
調べ方も変えないとわからないかもしれない・・・
 
それか、案外、かなり以前に廃業された柳沼さんとおっしゃる会社が
作った物だったりするやもしれぬ・・・
無理なこじつけなどせずに、そのまま素直に柳沼工業所と読めば
あれこれ考えなくとも済むのだが、考えるからこそ楽しいのだ。
 と、先ほど補足したのだが、柳沼某という会社だとしたらこの蓋に
正確に記されていないのがものすごく気にかかる。
通常、店の名前は正確に記すはずだ。
 
再度の補足になるが、やはりこれは「屋号」だと思う。
洗髪しながら、突然閃いた。
何も考えていない時に「あれ!?」っと浮かんできたのだ。
 
 
 
アタシの過去記事はこちら
    ↓
 
 
馬明さんの記事はこちら
    ↓
4 10月

第71回活動報告 葛井寺・道明寺 

毎月18日がご本尊御開帳だったので葛井寺とその近くの道明寺へ。
イメージ 1イメージ 2
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
イメージ 3イメージ 4左上の山門にあった
「六葉金具」。
 
どこの六葉金具でも
そうなのだが、猪目がある。
ハートの猪の目の形の「火除け」。
恐らく、正面から猪の顔を見た時にハートっぽく
見える目だからなのだろう。
猪は五行思想では「水」、火を防ぐという意味もあってこのハート型は
日本全国でよく見かけることがある。
金具だけでなく、壁や窓、建具などあらゆるところで目にしている。
葛井寺に関してはHPがあるのでそちらをご覧いただければと思う。
      ↓
 
境内では、ちょうど運良く「のぞきからくり節風紙芝居」をやっていた。
イメージ 5
「のぞきからくり」がわかる世代がうちのサークルにはいない。
アタシも見たことはない。
映画で「のぞきからくり」の口上の
ような節を唄うシーンを
見たことがあるだけで
実物は知らない。
その「のぞきからくり節」風の
紙芝居で地獄、極楽の仏話を
紙芝居仕立てで演じてくださる。
紙芝居を見終わってから他のメンバーは境内の散策をしていたのだが、
アタシは少しお話をさせていただくことにした。
奈良からいらっしゃった村松さん。
「地獄極楽めぐり」「金色夜叉」「俊徳丸物語」「不貞の末路」などが
レパートリーだそうな。
ブログにアップすることも村松さんの了解を得ている。
関西の各地をこうして飛び回ってらっしゃるそうでこちらには毎月18日の
ご本尊御開帳の日には境内にいらっしゃるとのお話だったが、
いかんせん、お話を伺ったのも去年のことなのでもしかしたら
訪問日が変更になっているかもしれないのだが・・・
(もし、どうしても紙芝居を見たいので来寺日を知りたい方は内緒でコメント
 いただければ村松氏と連絡はとれるので確認することは可能だ。)
 
このお話の内容はともかく、「のぞきからくり節」ってどういうもの?という方は
ぜひ、こちらの動画をご覧いただきたい。
 
小津安二郎監督の「長屋紳士録」の一部なのだが、
「のぞきからくり」で検索すればいろいろ動画が出てくるのだが、
何故、この動画を紹介したかというと本物の「江戸弁」が聞けるからだ。
少し長いのだが、最初に「茶柱がたってる」と話す河村黎吉氏の言葉、
現在では話せる人がもういない「江戸弁」。
飯田蝶子女史の言葉もそうだ。
わざと地方の方言を使ってみたりしているが言葉の歯切れはまさしく江戸弁。
よく落語に江戸弁が残っているというけれど、アタシにはこの映画の
河村黎吉氏の言葉が一番、よく残っていると思っている。
もしかしたら、昔からの東京人にしかわからないかもしれないのだが・・・
「ひ「と「し」の発音ができないのが東京弁とよく言われるが、
そんなものは東京弁などではない。
自称「ひ」と「し」の発音がうまくできない江戸っ子ですという人がいたら、
むしろ東京の端っこの江戸ではない地区の人だと思ってよいだろう。
この河村氏の話す言葉が江戸弁だ。(標準語とは違う発音に注目して欲しい)
 
     ↓
 
 
 
笠置衆氏が唄っているのが、「のぞきからくり」節で「不如帰」だ。
この動画でのぞきからくりの唄も今では聞けなくなってしまった江戸弁も聞ける。
 
話が脱線してしまったが、ゆったりとした境内に結構参拝客も多く
活気のあるお寺だった。
そしてレトロな香りのぷんぷんする藤井寺センターを横目に駅へ移動、
近鉄に乗り今度は道明寺に向かったのだが、着く前あたりから粉雪が舞いだした。
 
イメージ 6そのせいか??ほとんど人の気配がない・・・
代わりにゆっくりと拝観することもできた。
メンバーの数人は拝観しながら
読経をはじめる人もいて拝観にはかなりの
時間がかかった。
そのうち、読経のおかげか??
粉雪もおさまり、参詣客の方もちらほら。
 
イメージ 7こちらもHPがあるので直接HPを
ご参照いただければと思う。
 
   ↓
 
 
 
帰りにすぐ近くにある道明寺天満宮にも
立ち寄ったのだが、雪が降ってきたので
あわてて駅に向かって移動することになった。
だが、駅に着くころには雪は止んでいた。
単純に道明寺=桜道明寺のイメージがあったので
駅やお寺の近くで和菓子を買うなり食すなりして
帰ろうと思っていたのだが、和菓子店にも桜道明寺はなく
結局駅前の喫茶店でケーキセットを食べて解散となった。
 
仏様を拝見しに行くのが目的だったために今回は詳しい説明は書かない。
仏様に関することは各寺のHPを見ていただくのが一番だと思っているので
あえて能書きは避けたことをご了承いただければと思う。
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