munyuchan

むにゅ’sのぉと

10年以上続けたヤフーブログから引越してきました。 路上観察、近代建築などがメインのブログです。 ライブドアではまだまだ戸惑うことが多いですが、よろしくお願いします。

祭りと伝統

12 6月

鳥越祭りで帰って飲んで担いでまた飲んで歩いて歩いて・・・

アタシにとって1年で一番大切な鳥越祭りに参加するために
懲りずにまた夜行バスで帰省してきた。
本当は、隣の神田の出身だから神田祭りが一番大事でないといけないのだが、
不義理を重ねた挙句、出身地界隈で姿を目撃されて親に報告されては
かな~りまずいのでこの数年、神田祭りには身を隠すことにしてる。
自分で鳥越を第2の故郷を決めたからには、やらねばならぬと
金曜の晩に夜行バスに乗り込んだ。
土曜にの朝に東京駅に着いてから、以前からやってみたかったことがあったので
東京駅から大手町、神田、湯島と歩きまわって午後に鳥越入りをした。
そそくさと、町会への挨拶を済ませ夜6時からの神輿の担ぎ出しに参加するため
着替えをすませてから、ブログ仲間のオフ会へ祭り装束で参加。
そこで1時間半ほどちょこっと飲んだあと、神輿を担ぐ。
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左右の画像は町内神輿。(左は日曜日に撮影)
携帯での撮影だから画質悪いが・・
土曜日の晩、暗くなると神輿の提灯に灯が入る。
ちゃんと、チャッ○マンで火を点ける。
提灯の灯入れも、ちゃんと順番がある。
まず、鳥越神社の名の入った提灯から点灯し、
その神社の名前を囲むようにして、町会の名前、町会睦の名前の入った
提灯に点灯するのだ。(これ、町内でも知らない方、いらっしゃるかも・・・)
お祭りは、「お祭り騒ぎ」「神輿担ぎ」ではなく、神事だから点灯順番にも
昔からの仕来りがちゃんとあるのだ。
 
浴衣を着用して点灯していらっしゃるのが、「睦」と呼ばれる方々だ。
鳥越は、この「睦」が取り仕切ることになっており、
本社神輿と呼ばれる千貫神輿も宮出しと宮入りはこの「睦」しか
担げないことになっている上、各町会を渡御する本社神輿を担ぐ際に
我も我もで争っているうちに無様な担ぎ方をしていると、
この「睦」の方々に神輿を召し上げられてしまい、その時点でその町会の
本社神輿の宮入り道中はその場で強制終了となってしまうのだ。
神輿の「格」も、本社のが町会の神輿よりも上になるので
本社神輿を仕切る担当責任者と町会神輿の担当責任者の「睦」は別になる。
本社神輿は決して誇張ではなく、本当に4トンあるので本社神輿の渡御の際には
当然、すべての睦が力をあわせて仕切るのだが、毎年のことながら
「担ぐ」という行為よりも、「担ぐまで」が非常に苦労する。
担ぎ手は恐らく100人いないはず。
狭い路地を神輿が通るので担ぎ棒がものすごく短いので80人~90人くらいか?
定員数がそのくらいに対して集まる担ぎ手は700人以上。
(アタシの担ぐ町会の場合だが・・・)
これは、本社神輿を担ぐ専用の貸し出し半纏にすべて
ナンバリングしているので確かだ。
ちなみに「睦」の方々はどの町会も同じ着物を着用されていらっしゃる。
 
土曜日は点灯された神輿を担いだあとに、オフ会会場に戻り再び飲み会。
このオフ会、ブログ上では結構長いお付き合いの▲さんの企画。
アタシの帰省にあわせて企画していただいた。
参加者のゆうさん、青猫さん、りんりんさん、Lさんありがとうございました。
1次会終了したのが終電ギリギリでそのままの勢いで2次会へ。
居酒屋の呼び込みのお兄さんに交渉し、15%引きを20%引きに値切り倒して
飲むのだが、深夜3時くらいにお店が後片付けを始めた様子で
終業のために河岸を変える。
そして、そこでも終業となり外に出るとすでに朝の5時半過ぎ・・・・
皆さんを駅まで見送り、そのまま鳥越神社の宮出しを見物に行く。
どこぞのお祭りのように、わけのわからぬ輩が争うことも当然のことながら無く、
粛々と巨大な本社神輿が境内から神社の外に担ぎだされる。
その本社神輿を先導するというよりも、見守りながら囲むようにして
鳶の頭たちが木遣りを歌いながら歩く。
それが本当に見守るような感じで、整列だって先頭を歩くのではないのだ。
歌いながら、頭たちはバラバラに歩いて「睦」の手から宮元町会に渡すまで
守護するかのごとく木遣りを歌い続ける。
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イメージ 7睦の手から
本社神輿は
各町会へと手渡され、宮入道中へと渡御される。
 
←担ぎ棒が短い
 ことがわかる
 だろうか??
 
早朝だったので、
ここの町会は比較的、担ぎ手さんたちの数は
ちょうど良いくらいに思えた。
 
 
 
二町会ほど見物させていただいてから、シャワーと着替えを済ませ、
10時から町会神輿を担ぐ。
お昼少し前に午前の部が終了。
お弁当の配給に並んでいると、毎年数回会って一緒に街歩きするC氏が登場。
今年は仕事の都合で来られないというメールを朝、もらっていただけに嬉しかった。
C氏とは三社祭りでも一緒に街歩きをして夜、飲んでいる。
そして、そのうちに三社祭りでもお会いしたA氏も!
ちょっとだけA氏とお話し、おととしの写真などをいただき別れる。
C氏が仕事の空き時間の間しか居られないので
ランチを食べて午後の町会神輿は後半だけの参加に切り替えて
C氏と「看板建築ツアー」をすることにした。
(ランチではビールはコップ1杯だけだったよ・・)
看板建築を見て、写真を撮っているうちにC氏は仕事に、
アタシは神輿に戻ることにした。
 
夕方、いよいよ本社神輿が回ってくる少し前に今度は浅草で牛鍋を
一緒につついたE氏から電話。
近くにいらっしゃるというので、探してちょっとだけ話をする。
E氏、相変わらずお洒落で、良い縞の着物を・・・・
「ちょいとEさん!あの縞、いいねぇ~」
↑それを言い忘れてたよ・・・(間違いなく、彼は「当たり前だ」とおっしゃるだろう・・)
 
そしてそれからしばらくして、やはり三社で一緒だったB女史から電話。
ものすごい人ごみの中、祭りが終わったら一緒に飲むことを誓い別れる。
 
本社神輿はどこかのブログで画像を見てくだされ。
担ぐまでが非常に困難で、今年はもう無理かと思っていたがなんとか担げた。
毎年、今回は担げないかと思ったと言っているのだが、
担げなかった年はこの30数年間一度もない。
やはり、アタシは運が良いのだろう。
 
そして、お祭り終了後、D氏が登場。
三社祭りでも街歩きでもよくご一緒するD氏、B女史と3人で居酒屋へ。
 
翌月曜日は、アタシのやってるサークル活動の東京版で
関西出身のD女史とともに御徒町から日銀本店見学、京橋と歩く。
夜、横浜の友人と鰻を食しお茶を飲んだりして夜行バスを
見送っていただく。
 
そしてやっと今朝、帰ってきたのだが梅雨で雨・・・
半纏8枚、股引1枚、腹掛け1枚、鯉口シャツ2枚、手ぬぐい2枚、足袋2足、
ポロシャツ、ジーンズなどなど、とんでもない量の洗濯。
洗濯機を3回以上まわした・・・
掃除も終わり、さっぱりしたが、祭りまであと1年もある・・・
 
祭りの会などには一切、属さずに一匹狼で祭りに参加しているうちに
こんな馬鹿を30年以上もやっていれば、自然と「お仲間」も増える。
毎年、祭りの時にしか、顔を合わせることはないのだが、
それはそれで、さっぱりとしていて良いものだ。
お互い、時期が近づくと連絡を取り合い、一緒に担ぐ。
洋服姿を見たことがない友人もいる。
さっぱりした付き合いだからこそ、続くっていうことだってある。
 
おかげさまで、今年も江戸の祭りに参加させていただき、堪能させていただいた。
いつの日か、故郷の神田祭りにも戻れる日が来るかしらん。
親に勘当されたわけでもないので、いつでも戻れるのだが
こうなってしまうともう故郷の敷居が高くなってしまっていけない。
 
睦の皆さん、町会の皆さん、ありがとうございました。
 
チーム▲の皆さん、心ゆくまで遊ぶのにお付き合いくださって
ありがとうございました。
 
三社、鳥越とご一緒させていただく「白木睦」の皆さんありがとうございました。
 
お祭りの時期になると必ず連絡くださるブログ仲間のAさん、Eさん、
街歩き撮影会やその後の飲み会でいつも遊んでくださるBさん、Cさん、Dさん
ありがとうございました。
 
関西から東京に引っ越したあとも、
サークル活動東京編に参加してくださるD女さんありがとうございました。
 
同じく、関西のパチンコで知り合って仲良くなり、
その後横浜に引っ越された姐さんもご馳走様でした。ありがとうございました。
 
三社祭りの帰省のとき以上にハードだったが、心おきなく遊べたし、
担げたし、飲めたし、歩きまわれた。
やはり、アタシはついているのだろう。
 
叫びすぎて声はガラガラ、全身筋肉痛だが、嬉しい痛みだ。
やるからには、このくらいやらないと。。。。
 
はい、とっても幸せです!皆さん、ありがとうございました!
24 5月

三社祭で帰って食べて飲んで歩いて・・・超ラッキーな3日間

先週末、三社祭りに参加するために帰省してきた。
 
土曜日の昼には、ブログ仲間のA氏と浅草神社の境内で会ってしばし話し込む。
A氏とアタシの出身は隣町同士で似たような環境で育ったせいか、
2年前に鳥越の祭りで一方的にお姿は拝見していたのだが、
ちゃんとお会いするのは初めて。
TVでよく耳にする標準語や関西で言うところの「関東弁」とは
全く異なる口調が心地よい。
 
その後、また祭りに参加したあとに今度は別のブログ仲間のB女史と合流。
喫茶店で話しながら、共通のブログ仲間でもあるC氏とD氏と落ち合い居酒屋へ。
彼らは写真が大変上手い方々で、写真ブログの運営もされている。
過去何回か、撮影会も一緒に行っているのだが、アタシは路上観察担当として
いつも参加させていただいている。
 
終電ギリギリまで飲んで食べて話してから、ゲストハウスに戻る。
お金がないから、外国人がよく利用するゲストハウスに泊まった。
女性専用のドミトリーなのだが、戻ったら全員就寝している・・・
うるさく出来ないので、そのまま顔も洗わずに着替えもせずにベッドに横たわる。
明け方、同室の女性が小さい声でコーランを唱えながら、お祈りをしていた。
そのおかげで寝坊することなく起きられたので、
シャワーを浴び鯉口シャツを替え着替え済ませ、いざ出陣。
 
雷門に行くとすでにB女史が来ていたので、
話ながら本社神輿と呼ばれる大きな神輿を待つ。
担ぎ手が少ないような感じで毎年担ぐまでが、おしくら饅頭のようで
ひと苦労んだが、今年はかなりラクに担げた。
B女史とはいったん別れ、祭りで数年前に知り合った友人たちが貸しきった
飲食店で休憩をしたあとに町会神輿を担ぐ。
B女史も再び戻って来て、午前中の町内神輿渡御の後に昼からいらしたC氏と
3人でランチを摂ったあとにアタシが知っているおもしろいスポットを案内。
口頭での道案内が非常に困難な場所なので
午後からの神輿は担がないことにして、3人で探検することにした。
この機会を逃すとなかなか2人を案内できないので、
午後は探検に切り替えたのだが、
思いがけない場面にも遭遇できたのでかえってラッキーだった。
 
そして夜、また居酒屋へ・・・
10時少し前に別れて今度は別のビジネスホテルで入浴、就寝。
興奮さめやらずで真夜中まで起きていたのだが、
朝、ダンナからの電話で目が覚める。
あと6分くらいで金環日食のリングが見えるはずだからと言われ
慌てて着替えて神谷バーのところでスカイツリーの横の金環日食を見る。
うちのダンナは朝、なかなか起きない人なのだが、
金環日食を見るために早くから会社に行き、溶接用マスクを借りてきて
見たそうなのだがリングは見られない場所だったそうで
部分日食しか見られなかったそうだ。
寝坊して会社をさぼるのでは?と懸念していたが金環日食のおかげで
遅刻することなく仕事にも行けたようだ。
 
昼近くに古くからのブログ仲間E氏を浅草に呼び出し食事。
このE氏も下町の方で、しかもこの方は怖ろしく口が悪い上に声がでかい。
だが、この言葉遣いや口調も嬉しい。
吉原土手の蹴飛ばし屋まで2人して歩いていったのだが、お休み・・・
米久で牛鍋を食べ、以前一緒に行ったことのあるお店でかき氷を食べ、
七味唐辛子屋でオリジナルむにゅブレンドを作ってもらい購入。
(寒くなったら、ブレンドの配合を変えてまた作ってもらうつもり。
 今回のブレンドはかなり好みで、リクエストして良かったと思っている。)
その後、下駄の鼻緒を見立ててもらい今度は、海苔巻きを食べる。
D氏がよく行くその寿司屋の別の支店にはかなり昔、よく通っていたのだが
浅草のその店には入ったこともなかった。イメージ 1
やはり、海苔巻きは旨い!
稲荷寿司もおいしかった。
東京の人間は、海苔巻き好きな人間が多い。
海苔巻きとは、かんぴょう巻きのことで太巻きの
ことではない。イメージ 2                        
散々食べて、
くっちゃべってから銀座まで一緒に
行き、そこで別れる。
           
                                                             
その後は、銀座でお話を伺いたいお宅があったので
突撃アポなし強引押しかけ取材を行い、ネットに出さないという約束で
かなり詳しいお話を伺うことができた。
 
夜行バスで戻ってきたのだが、バスも空いており今回はいつもとは違い、
少しだがバスの中で眠ることができたのでよかった。
 
なんだかんだの3日間だったが、今年も逢いたい人に会えたし、
お神輿も担げたし、探検も有意義だった上
おいしいものも食べたし、おしゃべりもたくさんしたし、
金環日食も見られたし、なんだか、良いことづくめの3日間だった。
 
大満足の3日間だった。
 
次回は来月の鳥越祭。
 
三社祭りで運を使い果たしたような気がしなくもないが、
またきっと良いことづくめになれる気がして今から楽しみでもある。
さて、鳥越に帰った時は何を食べようか・・・
5 11月

播州の秋祭りにて思ったこと

先月は播磨地方のお祭りシーズンだった。
根っからの東京人なので、播磨の「ソフト」というものが全くわかっていない。
こちらに来てから、あちらこちらとうろうろしながらお祭りを見ることはあっても
1つのお祭りをじっくりと・・・ということをしていなかった。
こともあろうに1日に3件見て回ったりとか、今、考えてみたら誠に失礼な態度で
お祭り見学をしてしまっていた。
10月の終わり、播州の秋祭りもこれで最後ということで近隣の市の祭りに行った。
実は、その日は西播磨ではかなり大規模で有名なお祭りとそのすぐ近くに
ブログ仲間でもあるマッハさん(http://blogs.yahoo.co.jp/machmitsu)の地元の
富嶋神社で祭礼があり、その2つを見学しようと出かけたのだが、
なんとなく大規模な方の祭礼よりも、海に近い富嶋神社の方が気になって
知名度の高い方の祭礼はちょっと見ただけで、すぐにそちらに向かってしまった。
ダンナも、「ここ、すごい感じがええなぁ~」と・・・
彼がそう話す時は、そこがものすごく気に入ったということだ。
誤解があってはいけないのだが、他の祭礼の感じが悪いということではなく、
あくまでもアタシ達夫婦との相性がものすごく良く、個人的な好みなのだ。
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境内では、こんなかわいいコがボールすくいで
遊んでいたり、「和風鯛焼きパフェ」だとか
スマートボールのお店だとかが立ち並んで
いたのだが、鯛焼きパフェを食べただけで
すぐに宮入を見学。
昼くらいに雨も降ったのだが、それも上がり
祭礼の屋台の宮入も続々と境内に入ってきた。
神社の沿革や「屋台」に関しては全く知識も
ない上にその町の「ソフト」が見について
いないので解説は地元のマッハさんの
ブログでお読みいただければと思う。
よそ者が、適当に調べて書くことではないので。
 
 
アタシもお祭り大好き女で、東京のお祭りシーズンには性懲りもなく帰省して
浅草の三社祭りと鳥越神社の祭礼では神輿を担ぐ。
(神田の出身なのだが、あまりにも不義理を重ねてもう帰るに帰れないので
 この15年というもの、神田の祭りには参加していない・・・)
鳥越神社の本社神輿と言うのがあって、千貫神輿と呼ばれているのがある。
かなり大きくて重いのだが、それを担ぐにあたり何故か地元には縁のない方々が
他の地方やら町からいらっしゃり、我も我もと先を競って担ぎたがるので
その神輿を担ぐというよりは、最近は担ぐための争い、争奪戦がすごい。
浅草も全く同じだ。
この富嶋神社に限らず、播磨地方の祭礼はそのような愚挙が全くない。
それもそのはず、「屋台」はものすごく重く東京の神輿とは比べ物にならない重さ。
その「屋台」に「乗り子」と呼ばれる男の子が4人乗る。
1.5トンくらいはあるはずなので、息があっていて且、皆で力を合わせないと
担ぎ通せないし、「チョーサ」と呼ばれる俗に言う「差す」動作は無理だ。
屋台の写真や説明はマッハさんをはじめ、詳しい方々のブログを
読んでいただけと思うので、アタシの目で見た祭礼風景をアップさせていただく。
実際に担がれていらしゃる方々の顔が写っている写真が多いのだが
肖像権とかもあるだろうが、お祭りの担ぎ手さんたちということでブログでの
掲載はご勘弁願いたい。
もし、まずければ内緒コメントをいただければ顔部分を修正するつもりだ。
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本殿前で、一度、腕にかかえてから
(右写真)膝のあたりまで下にさげる。(左下)
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右が差しあげている状態の写真。
 
 
 
 
 
右下の手の
写真は
別の地区の
方々の写真だ。
 
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終わったあと、乗り子さんたちが担がれて
神社の奥の方に入って行く。
 
 
 
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地べたに足をつけて歩いてはいけないのではないだろうか?
よくわからないが、そんな気がした。
神事だし・・・
 
良い物を見せていただいた、楽しかった、そんな1日だった。
氏子たちだけの、意味合いを深く持った祭礼でなんだか近年の東京のお祭りが
ただの「お祭り騒ぎをしたいがだけ」のようなお祭りを反省してしまった。
 
アタシも関西在住となり、東京に帰省しても「よそ者」になってしまっている。
だが、よそ者だけに普段見えていないものが見えることだってある。
来年の東京のお祭りにも帰省する予定だが、本来の氏子さんたちだけの
このようなお祭り本来の意味を重視した祭礼になるかどうか・・・
 
東京の担ぎ手さんたちを非難しているのではない。
アタシもその1人だし、一部のただのお祭りが好きなだけの人間のために
祭礼がおかしくなってきている事実は否めないのだ。
間違いなく、東京の担ぎ手さんたちには、この屋台は無理だ。
これだけは断言できる!
地元の氏子さんの人数と団結が少ないからだ。
寄せ集めが多すぎるから、町の「ソフト」のようなものが身についていない。
おまけに町や土地に対する愛情がない外部の人間が多すぎるからだ。
祭りが好き、下町が好きだけではダメなのだ。
何代にも渡って受け継がれてきたものがないと、これだけの祭礼はできない。
 
大震災の影響で5月の祭礼が中止になり、10月に神輿大会のようなものが
あったようだが、毎年10月は近年になってから神輿大会があるので
慰霊とか復興祈願などと言ってはいてもただのお祭り好きのイベントに
なってしまっていないか??などといろいろ考えてしまった。
東京は観光地でもあるので、祭礼が観光用になることも多い。
お祭りのあり方、参加の仕方、拝見の仕方を改めて考えさせられた。
来年からは、神社の祭礼のはしごはせずに1つのお祭りをじっくりと
見学させていただくことに決めた。
あと何十年も住み続けないと、何もわからないだろうしそんなに長くは
生きていまいから・・・
 
12 9月

生野・銀谷祭り

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今年も生野から葉書が届いた。
今月25日(日)に生野で銀谷(かなや)祭りが開催される。
このヤフーブログで生野を知ってからは
毎年伺っている。
昨年はアタシが運営するサークル活動も
生野の銀谷祭りで行った。
今年で10年目の開催になるそうな。
 
昭和の始めの鉱山町をそっくりそのまま
再現したような町にこの日はなる。
 
以前は町の人ぐるみでコスプレ?とでもいうのか?昔の時代の服装や髪型で町内を
闊歩されたり、食べ物の販売などをされて
いらっしゃったが、おととしあたりから
それもめっきり減った気がする。
 
 
さて、今年はどうなのだろう?
 
数年前の銀谷祭りでは、街中をミゼット軍団が走っていた。
何故か、ちっちゃいセルボが後を追いかけるように一生懸命走っていた。
あのセルボも、ミゼットのお仲間だったそうだ。
今回、セルボの参加があるかどかはまだ未定だそうだ。
(せっかく、お揃いの車、買ったのに・・・・)
 
実は今、アタシが乗っているのは、そのセルボだ。
エンジンなども古いのだが、限定仕様だったらしく外観、内装ともに
クラシカルな雰囲気なので見た目は気に行ってる。
実は、昔、この銀谷祭りでセルボを見かけ、小さくてレトロっぽいなぁと思い、
東京から持って来た車を処分したあとに買うならこれ!と思っていた。
実際は古い車なので電気系統とか弱い・・
やはり、車は新しい方が良いのだが、どことなく愛着のわく車なので
来年の車検を通してもう少し乗るつもりだ。
 
町の方で昔のスバル360を所有されていらっしゃる方がいて
このスバル360、今年も会場に展示してくださるそうだ。
(いつも、生野に行くと停まっているのだが・・・・
このブログで何度か取り上げている建物たちも公開予定なので
ブログでは説明しきれなかったことも多いので実際に足を運ばれては
いかがだろうか?
 
「生野クラブ」もこの銀谷祭りの日、1日だけは公開されるし、
「旧浅田邸」も開放されており、中でお茶も飲める。
格天井に美しい絵が描かれた海崎医院の待合室も公開される。
 
三菱マテリアルの生野鉱山近代化産業遺産の公開もあるし、
まだ、ブログでは一度も取り上げていない明治時代の社宅群「甲社宅」なども
もちろん見学できる。
この「甲社宅」、見た目は普通の社宅なのだが、明治の初期に
昭和の高度成長期の頃にもあったような社宅ということがすごいところだ。
この「甲社宅」、修復工事にかなり時間を費やしたようだ。
最初に訪れた時は、まだ工事中で神戸大学の研究室の学生さんが案内して
見せてくださった。
何故か、この工事中の床下だとか骨組みなどの写真はたくさんあるのだが、
修復後の写真は1枚も撮っていないし、昨年のサークルでも時間がなくて
メンバーたちをここに連れて行けなかった。
 
朝来市生野支所地域振興課の方のお話では、
今年はこの甲社宅で生野名物のハヤシライスの試食会も行われるそうな。
 
生野では、鉱山食堂で出されていたハヤシライスにちなんでか、
ハヤシライスのお店が多い。
どのお店も当たり前だが、すべて手作り。
そのハヤシライスの食べ比べられるような試食会だそうだ。
無料か有料かはまだ決定ではないそうだが、いろいろな味のハヤシライスを
少しづつ食べ比べてみるのも楽しそうだ。
 
今年は銀谷祭りも10回目を迎えるそうだ。
アタシがこの銀谷祭りに初めて伺ったのは、2007年。
ヤフーブログを通じて、生野の方々と知り合うことができてから4年たつ。
ブロガーさんだけなく、町の方とも交流させてただくこともできたし、
銀谷祭りを訪れた他のブログ仲間の方とも
昨年はこの祭り会場でお会いすることもできた。
 
 
2年ほど前だったか??都合が悪くて伺えないかも・・・と、言いつつも
日程を調整し、この生野の銀谷祭りにダンナと行ったところ、
「むにゅさんではないですか?来られないって言ってたのに~」と声をかけられた。
 
すべてはこのヤフーブログのおかげだ。
たかがブログ、されどブログ・・・
人間どこでつながってるか、わからないものだ。
 
銀谷祭りの当日、ボロボロのセルボに乗ってる太ったおばちゃんがいたら、
それはアタシ!
声をかけるのは良いけれど、石を投げないようにね!
 
 
 
 
銀谷祭りに関しては下記参照
 
 
生野銀山ー大人の時空の旅club(http://blogs.yahoo.co.jp/baahus5st
 
生野銀山   銀の里 (http://moriagetai.ath.cx/ikunonpo/
 
20 12月

夢と2つのプレゼント

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先日の朝方にとっても楽しい夢を見た。

お祭りの夢だ。

神田祭りなのか?鳥越祭りなのか??よくわからないが、鳥越の友人の顔も見えたし、

他界して久しい祖母の顔も見えたので神田なのだろうか??

まぁ、神田も鳥越も昭和通りを越すだけなので、たいして変わらない。

いずれにしても浅草の三社祭りでないことだけは確かだ。

お神輿が回ってくるのを自宅で友人や祖母たちと玄関を開けっ放しにした状態で

ワクワクしながら待っている、とても楽しく清々しい気分の夢だった。

自分が身に纏っていた装束の和柄や色まではっきりと覚えている。

目が覚めても、縁起の良い夢を見たようで嬉しかった。



そしてお昼近くになって、宅配便が2つ届いた。

1つはブログ仲間のAさんから。

パワーストーンのストラップ、3種類のキャットフード、コットンのコースター、

ブーツに入ったたくさんのキャンディ、竹炭のかりんとうが箱に詰まっていた。

そしてその1つ1つには付箋が付けられ、きれいな字で心のこもったメッセージが書いてあった。

竹炭のかりんとうはそばかりんとうのような感じの歯ごたえで、塩が効いている。

塩で甘味を感じさせるようになっている。

脂っこさは全くなく、軽くておいしいので、あっと言う間に食べてしまった・・・

「たくさんのパワーが宿りますように」と言うメッセージがついていたストラップは

すでに携帯に取り付けて使っている。

キャットフードもどれが好きかわからないので、数種類入れてくださった。

何故、このフードにしたのか・・・ちゃんと、Aさんのお気持ちはこちらに伝わってきている。

それらも、ふまえて有難く頂戴した。

何も贈っていないのに・・・Aさん、本当にありがとう!

匿名希望なので、あまりくわしく、いろいろ書けないのが残念なのだが・・・



そして、もう1つの宅配便は古い友人からで『シャーピン(餡餅)』。(写真7枚目)

小さめの発砲スチロールのトロ箱に40枚入っていた。

以前は、大きいトロ箱に100枚入っていたものが送られてきていたのだが、

さすがに食べきれないし知り合いに配って歩いても、配りきれないので

次回から小さい箱にしてくれと頼んだら、40枚入りの箱が届いた。

その友人たちは、アタシが自分の人生の中で一番苦しかった時代を一緒に過ごした仲間というか、

戦友とでもいうのだろうか?とにかく普通の友人よりももっと深いところで繋がっている友人たちだ。

アタシよりも年上なのだが、お互いに今では勝手気ままな人生を送っている。

普段は滅多に連絡を取り合うことはないが、何かあったら必ず連絡が来る、

もしくは、必ず何か送られてくる。

無理をして送りつけることもなく、その時、自分で出きることだけしかお互い絶対にしないのだが、

今、現在、その友人たちは俗に言う『テキヤ』でアルバイトをしている。

10年近く前だったか、酉の市の『鮎の塩焼き』の屋台で熱燗を飲んでいたところ、

そのテキヤの親分と意気投合しそれ以来、東京や関東近郊の神社仏閣などで

お祭りがあるときには、アルバイトとして臨時の応援にかけつけるのだそうな。

『おままごとセット』、『高齢者用の肌着』、『ちりめんじゃこ』などを販売したり、

『シャーピン(餡餅)』を自分たちの手で最初から仕込んで味付け、調理、販売まで

すべて任されてこなしている。

朝顔市やほおずき市、三社祭りなどの時にはたいてい、アタシも顔を見がてら

その店に立ち寄ったり、隣りの同じ一家の屋台で酒を呑みながら遅くまで同じ時間を過ごした。

普段は他の仕事をしているのだが、一家との義理もあるのか?楽しいのか?身入りが良いのか?

未だに友人たちはテキヤのアルバイトを続けている。

今は東京を離れてしまったので、応援にかけつけてあげることはできないが

たまたま浅草の羽子板市で時間が空いたらしく40枚焼き上げて送ってくれた。

以前から、料理が上手い人ではあったが最近はカレー味のシャーピンまで開発したようだ。

最初はテキヤの若い男性が焼いていたのを補佐していたのだが、

このごろはすべて友人たちに任せて自分たちで工夫しながら焼いているらしい。

餃子味の『おやき』と言ったところだろうか??

しっかり味がついているので、何もつけずにそのまま食べるのだが、

温めた後に、酢醤油で頂くのも良いだろう。

彼女たちがいたから、一番苦しかったあの時代を乗り切れた。

何をしてもらったわけでも、してあげたわけでもないのだが、1人ではなかったからがんばれた。

あの当時、回りにいたみんなが本当に苦しかったし、蟻地獄から逃げ出したかった。

人生においてそういう友人に数多く巡り会えたアタシはやはりラッキーだったと思う。

寅さんの女版とかそんな、薄っぺらいものではない。

義理も人情も、酸いも甘いも人の何倍も、わかっている人たちだ。

恐らく、初詣もどこかの神社で『シャーピン』を焼いて売るのだろう・・・

どこかで、この『シャーピン』を売っている屋台があったら買ってみて欲しい。

多分、お正月は西東京の方ではないだろうか??

黄色い幕のお店、妙齢の女性が2人で焼いているはずだ。



お神輿を待つワクワクした気持ちの夢は、この2つのプレゼントを予感していたのだろうか??

細やかな心配りをしてくださるブロガーさんにしろ、古くからの友人にしても

やはりアタシは人に恵まれている・・・・

みんな、ありがとう!
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